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第六十六章 その日の晩餐 3.マヨネーズと卵

 どうにか追及の刃を(かわ)しきったと判断したのか、やや落ち着いた様子のアドンであったが、



「そぅそぅユーリ君、マンドから聞いたが、フライにかけるソースの件でアドバイスを貰ったそうだね。ありがとう」

「あぁ、マヨネーズの事ですね」



 フライにかけるソースと言えば、マヨネーズかウースターソースであろう。【鑑定】先生の教えによれば、後者の作り方は色々面倒なようであったため、マヨネーズの作り方だけを教えている。ウースターソースについては一度自作を試みて、ノウハウを確かめておかねば口には出せない。



「うむ、そのマヨネーズとやらなんだがね。マンドによれば、フライ以外にも使えるとの話だったが?」

「あ、はい。色々と汎用性の高いソースなので、フライ以外にも色々と使えますよ。生野菜にかけても美味しいですし……大抵の料理には合うんじゃないかな?」

「ほぉ……それは色々と使えそうな……。で、そのマヨネーズなんだが、作るのが結構重労働だと聞いたんだが?」

「そうですね。攪拌(かくはん)するのが結構きつい作業になります。それ以外はお手軽と言っていいソースなんですけどね」



 ――というユーリの返事を聞いて、アドンは少し考えた。

 それほど使いどころの多いソースなら、目下自分たちが陥っている苦境を打開するのにも役立ってくれるのではないか。


 アドンの言う〝苦境〟とは他でもない。このところ(とみ)に圧力を増している、異国風料理のお強請(ねだ)りの件であった。


 この冬、あちこちの有力者とのコネを得るべく、彼らを自宅に招いて料理を振る舞ったのだが……ユーリ直伝の異国料理の威力はアドンの想定を軽く超越しており、噂を聞き付けたあちらこちらからの熱いアプローチに苦慮しているのが現状である。アドンがいわば新参者な事もあって、〝珍味美食に造詣の深い商人〟という評価が固定してしまった――或いは、しつつある――のである。



「それは……何と言ったらいいのか……」

「気にする事は無いぞ、ユーリ君。全てはこやつの自業自得じゃ」



 あっさりと切り捨てたオーデル老人に、(つか)の間怨みがましい視線を向けたアドンであったが、自分でもそれは重々承知しているとみえて、反論の声は上がらなかった。


 しかし――とユーリは考える。

 ユーリにしてみれば、アドンはこの世界に身寄りの無い自分の後ろ盾になってくれている上に、ローレンセン滞在中の衣食住の面倒までみてくれているのだ。少しは便宜を図ってもいいのではないか。ユーリとて知財の概念を知らないわけではないが、(しょ)(せん)ユーリが伝えた知識など、前世からの借り物でしかない。

 本当にヤバいもの――人造魔石とか自動小銃とか、ついでに蒸溜酒とか――は秘匿しているし。



「う~ん……マヨネーズとピクルスだけでも、アレンジの幅はかなり広がると思いますけど……何かもう少し考えてみましょうか」



 アドンの話を聴く限りでは、「客人」たちの圧力はかなりのものであるらしい。となると、一つ二つの料理ではなく、幾らでも応用の利く調理技術も込みで伝えるのが上策だろう。とは言っても、問題は何を教えるべきか……



(食材の旬の事も考えなきゃだしなぁ……今が旬な食材と言えば……)



 ユーリは自村の収穫物や前世の知識を思い返すが、今頃が旬の食材というのが今一つ思い浮かばない。直ぐに思い付いたのはメープルシロップぐらいであるが、あれは料理に使うものではない。菓子類のレシピも知らないではないが、前世のように砂糖が使えない現状では、どれだけ再現できるか判らない。前世のそれと似ても似つかぬものができてしまったら、そんなもの伝えるわけにはいかないではないか。

 ならばと前世の知識を総浚(そうざら)えしても、(にしん)栄螺(さざえ)飯蛸(いいだこ)目張(めばる)車海老(くるまえび)(はまぐり)……と、浮かんでくるのは海の幸ばかりである。うぬぬと記憶を振り絞ると、()(ねん)(じょ)()(びる)に思い当たった。しかし、



(……こっちの世界の人に受けるかどうかは未知数だよなぁ……)



 はてさてどうしたものかと――極力顔には出さずに――悩んでいたところ、



(……あ……卵って、そう言えば旬は春じゃなかったっけ……?)



 前世の認識が強過ぎて、卵に旬があるなぞつい失念していたが、【鑑定】先生の情報では確かそういう事になっていた。ならば、玉子料理というのはどうか?



(玉子料理と言えば、日本人としては茶碗蒸しなんだけど……あれは出汁がなぁ……いや待て? 確か洋風の茶碗蒸しみたいなのがあったっけ?)



 ユーリが思い出したのはフランであった。出汁(だし)の代わりにコンソメスープか何かを使っていた筈だ。なお、茶碗蒸し(・・)という料理法に意識が引っ張られたためか、似たようなものでありながら、キッシュの事は頭に浮かばなかったようである。



(夏には冷やして食べてもいいって聞いたけど……夏に卵が手に入るかどうかわかんないしね。それに確かコンソメスープって、作るのが大変なんじゃなかったっけ)



 フランという名前からフランス料理を連想して、オムレツの事を思い出した。確か玉子卵料理の王道のような扱いを受けていた筈だ。バラエティも豊富だし、アドンの望む条件はほぼ全て満たしていそうな気がする。ただし……



(卵の供給体制がどうなのか、はっきりしないと勧めづらいんだよね……。それにそもそも、こっちの世界に同じようなものがあるかもしれないし……)



 考え込んでいたユーリであったが、玉子料理というカテゴリーの中で、もう一つ思い出したものがあった。



(……アドンさんに提案する前に、マンドさんに相談だな)


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