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第六十六章 その日の晩餐 2.蛇酒問答(その2)

「あぁ、ユーリ君は不思議に感じるかもしれないけど、実は〝滋養強壮〟というのは、いわゆる回復系ポーションの苦手分野なんだよ」

「そうなんですか!?」



 アドンが親切にも〝ポーション〟の解説を始めるのだが……



「病変部や受傷部がはっきりしている場合は、そこを原状に復帰させればいいだけだからね。回復薬や治癒魔法で対処できる。それに反して滋養強壮などという漠然とした目標は、回復薬や治癒魔法が苦手とする分野になるのだよ」



 回復系〝ポーション〟という語は、さらりと回復〝薬〟に置き換えられていたが、その事に全く気付かないユーリとアドン。前者は相違を知らないが故に、後者は知り過ぎているがために意識しなかったが故に。



「……知りませんでした……」



 そして、「ポーション」と「薬」の違い以上に重要な事実、【鑑定】先生も【指南】師匠も教えてくれなかった世間の事情を聞かされて、思わず呆然とするユーリ。もはや「ポーション」と「薬」の違いなどという些事(さじ)は、意識の彼方(かなた)に吹っ飛んでいる。


 そして、ここにアドン夫人の溜め息交じりの訴追が加わる事で、ユーリの関心は更に別方向へと誘導される。



「そのせいで、この手の薬はいかがわしいものばかりなのよ。なのにこの人ったら、〝滋養強壮〟の(うた)い文句に目が(くら)んで、新製品が出る度に買ってくるんだから……」

「べ、べつに害があるわけじゃないからいいじゃないか」



 こっそりとユーリが視線を巡らせると、旧友たるオーデル老人もドナも、肩を(すく)めて知らぬふり。どうやらアドンの強壮剤趣味は、広く認知されたものらしい。


 堅実な商人と見えたアドンの意外な弱みが露見したところで、



「と、ところでユーリ君。その蛇酒というのはどういうものなのだね? その……作り方とか……」



 苦し紛れに話題転換を図ろうとしているのは見え見えであるが、それでも律儀にユーリが答えようとしたところで、



(……あれ? 蒸溜酒(スピリッツ)って、この国にあったっけ?)



 昼間買った蛇酒は既に【鑑定】済みで、毒蛇の一種を蒸溜酒に漬け込んだものである事は判っている。それからすると、この世界に蒸溜酒が存在するのは確かなようだが、



(……今までに蒸溜酒って……見た事無いよね?)



 既に述べたように、ここリヴァレーン王国でも「蒸溜」という技術自体は知られていたが、それを酒造りに応用するという発想は出て来なかった。錬金術で(たま)に試用する溶媒としてのアルコールは知られていたが、それは木材を乾溜して得られたメチルアルコールであり、有毒な事が――不幸な事故によって――知られているので、それを飲もうなどと考えた者がいなかったのである。

 なぜか酒を蒸溜しようとした者がいなかった事もあって、少なくともこの国では、飲用可能なアルコールがある事も、酒にアルコールが含まれている事も、蒸溜によって度数の強い酒を造る事が可能な事も……不思議なほど全然知られていなかったのであった。


 一方で蒸溜酒自体は――海外からの舶来品が偶に入荷する事もあって――知られていたが、それは何やら不可思議な秘密の製法で造られた酒だと思われていた。



 こういった裏事情は知らないユーリであったが、ここで蒸溜酒の事を()(かつ)にカミングアウトすると(ろく)な事にならない――という天啓が閃いたらしく、



「……毒蛇を強いお酒に漬けたものだそうですよ。どんな蛇が材料に向くのかとか、漬けるお酒はどんなものなのか――とかまでは知りませんけど」



 ――と、珍しく(とぼ)けきる事に成功したのであった。


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