第六十六章 その日の晩餐 1.蛇酒問答(その1)
さて、場面変わってアドン邸における夕食の場である。
本日の戦果を――主として不平たらたらのドナから――聴いていたアドンであったが、引っかかったのは蛇酒のところである。
「滋養強壮? ……確かなのかね?」
「はい。……あ……多分……」
【鑑定】先生の言う事に間違いは無い――と言いそうになって、自分が【鑑定】を使える事は秘匿事項であったと気が付いたユーリ、慌てて誤魔化した――つもり――であったが、アドンは綺麗にそこをスルーする。ユーリなら【鑑定】ぐらい持っていてもおかしくないし、実際に持っているんだろうが、ユーリがそれを隠している――つもり――なら追及するのは無粋だろう。そんな事より問題は、
「滋養強壮……」
――これである。
アドンもそろそろ疲れの出てくるお年頃。滋養強壮の薬の類は平素から嗜んでいるが、効果については首を傾げたくなるものも少なくない。そこに、〝ユーリお墨付きの滋養強壮の薬〟などという話が飛び込んで来たのである。興味を抱かないわけが無かった。
一方、考え込んでしまったアドンを見て戸惑い、これは口が滑ったかと危惧しているのはユーリである。滋養強壮の効果があるのは確かだが、○パイのホーレン草のようなものを想像されては困ってしまう。精々が前世の栄養ドリンク程度なのだ。
【鑑定】先生に拠ればタウリンやビタミンBが含まれているらしいから、それなりの効能はあるだろうし、アルコールを含んでいるから吸収も速いだろう。だがしかし――言ってしまえばそれだけなのだ。こちらの世界にはポーションなんて掟破りの薬があるのに、それを上回るもののように誤解されては……と、ユーリは懸念する事頻りなのであるが、ちらりと視線を巡らせてみると、アドン夫人もオーデル老人も、頭を振って放って置けとのジェスチャーである。
実は……アドンの強壮剤信仰は、病膏肓の域に入っていた。新発売の商品が出る度にそれっとばかりに買いに走り、知人の間では微苦笑のタネとなっているのである。そんなアドンであるからして、ユーリから〝滋養強壮の薬酒〟などというマジックワードを聞けば、後先見ずに飛び付くのは目に見えていた。オーデル老人などは当初からこの展開を予測していたので、今更驚く事など無い。それならユーリにも一言入れ知恵しておけば……と言いたくなるが、実は老人もそのつもりであった。ただ……それを言い出す間も無くユーリが豪気に奇怪な買い物を連発したため、脳裏から吹っ飛んだというのが実情であった。
そして、そこまでの事情を知らないユーリは、
「あ、あの、アドンさん……こういうのは能書きどおりの効能が出るかは判りませんし……体質とか相性とか……【鑑定】の表記だけじゃ判らない部分もありますから……」
ポロリと自分が【鑑定】を使える事を示唆するような発言が漏れたが、それに気付くゆとりはユーリには無いし、アドンはと言えば端から耳に入っていなかった。連座している他の者たちが、あ~あという顔をする――そして黙っている――ばかりである。
「あ、あの、アドンさん……」
「……うん? あ、あぁ失礼ユーリ君。……どうだろう……その蛇酒というのを、一口分けて貰う事はできないだろうか?」
「そ、それは別に構いませんけど……能書きどおりの効能が出るかどうかは……」
「あぁ、うん。こういうのは実際に飲んでみないとね」
どうやらアドンの中では、蛇酒の試飲は既定の方針らしい。いや、その事自体は別に構わないのだが、過大な期待を抱かれても困る。飲んだ途端に元気モリモリなど、それはもう強壮剤ではなく覚醒剤だろう。……いや……この世界にはポーションという代物があるのだったか? だったら何も蛇酒に拘らず、ポーションを飲めばいいのでは?
――困惑するユーリの轍を踏まないために、この世界におけるポーションの立ち位置について、ここで少し説明しておこう。
まず、ユーリは生前読んだラノベのイメージに引き摺られているようだが、少なくともこの国リヴァレーンでは、ユーリの言うところの〝ポーション〟と他の薬との間に、明確な区別は無い。ユーリは漠然と〝魔力かスキルを用いて造ったものがポーション〟のように思っているが、そうではない。魔力を用いてスキルによって作られたものも、魔力を使わず手作業で作ったものも、薬としては同じ扱いをされる。
それというのも、ここフォア世界の住人にとって、魔力は身近に存在するものである。ゆえに魔法もスキルも道具と同じ扱いで、どういうプロセスで作られようと、できたものが同じなら区別はしないというスタンスになる。
そもそもユーリの言う「ポーション」という単語すら、本来は「potion:薬の一回の服用量」という意味であって、薬そのものをさす語ではない。この国でも「ポーション」という語は、「使用上の便宜を考えて、一回当たりに分量を調整した製品」の意味で使われている。地球世界にあった栄養ドリンクのようなものだが、これまでユーリが会話で齟齬を感じなかったのは、ユーリのイメージする「ポーション」の用法がまさにそれであったからで、言うなれば単なる偶然に過ぎない。
そして――こういう誤解を置き去りにしたまま……




