第六十五章 春の大市~珍品巡りの二日目~ 9.海幸山幸(その2)
明けましておめでとうございます。今年も「転生者は世間知らず」をよろしくお願いします。
(「……何かユーリ君なりの考えがあるのではないかのぅ」)
(「〝安物買いの銭失い〟にしか見えないわよ」)
(「ふむ……ドナの言う〝上質の鉱石〟とは、例えば鉄の含量が多い石を指すんじゃろうの?」)
(「そうよ? どうせ買うなら、そういう石の方がお得でしょ?」)
当然ではないかと言いたげなドナに向かってオーデル老人は、
(「じゃが、ユーリ君は鉄だけを欲しておるのではないのかもしれんぞ? 何かの実験用に、鉄やら銅やら鉛やら……色んな鉱物を纏めて買いたいというのなら、あぁいう一山に興味を示すのもありではないかの?」
オーデル老人の推測は、ユーリの目論見をほぼ言い当てていた。
ユーリがクズ鉱石の山に目を付けた理由はただ一つ――不純物である。
確かに目の前の鉱石はどれもこれも品質が低い、すなわち鉄や銅などの金属含有率が低いのだが……それは、裏を返せばそれ以外の元素が多く含まれているという事に他ならない。通常の鍛冶ではそれらを不純物として扱うのだろうが……
(特殊鋼の作製には、鉄以外に微量元素を添加する必要があるそうだからなぁ……前はその微量元素の当てが無かったけど、こいつなら……)
ユーリとて見た目どおりの子供ではない。前世の分も加えれば、五十年に垂んとする人生経験を積んでいるのだ。近寄る前にクズ鉱石の山を、遠間からこっそり【鑑定】するぐらいの要領は心得ている。その結果、クロムやニッケルなどの有用元素が含まれている事を確認したがゆえの行動であった。斑刃刀の失敗を繰り返さないためにも、正しい合金の配合を探り出すのは至上命題ではないか。……アドンやクドルが聞いたら立腹しそうな理論武装である。
ともあれ、斯くしてユーリは――ドナの信頼と引き換えに――望みの素材を得る事ができたのである。
一見普通の取引――いかがわしい商人が世間知らずの子供をだまくらかしてクズ鉱石を売り付けた――に見えるが、その裏では、「始末に困っていたクズ鉱石を売り付けたと北叟笑む商人」vs「捨て値でレアメタルを入手したと北叟笑むユーリ」の、無駄に高度な駆け引きが行なわれていたりする。
互いに自分が化かし合いの勝者と信じる狐と狸であったが、取引自体にはどちらも満足しているのだから、これが所謂〝八方丸く収まった〟というやつなのであろう。幸いなるかな信じる者。
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「ね、ねぇユーリ君、こう言うのも何だけど……アレってあんまり質の良い石じゃないと思うんだけど……」
満足至極の顔付きで大市の会場を後にするユーリに、恐る恐るという感じでドナが話しかける。ユーリの金でユーリが望むものを買ったのだから、端がどうこう言うべきでないとは解っているものの、黙ってはいられなかったらしい。
「あ、うん。けど、その分色々な種類や品質のものが揃ってたからね」
ユーリとて、ここで特殊鋼の情報を暴露するのは控えた方が良い――ぐらいの良識は弁えている。なのでそこは曖昧に暈かして、当たらずとも遠からずの説明を口にしておく。
(な、なるほど……お祖父ちゃんが言ってたとおりなんだ……)
どことなく割り切れぬ感じを残しはしたものの、ドナは一応ユーリの説明に納得したのであった。
死霊術師シリーズの新作「花瓶の冤罪」、本日21時頃に公開の予定です。宜しければご笑覧下さい。




