第六十五章 春の大市~珍品巡りの二日目~ 8.海幸山幸(その1)
「蟻塚」の店からどうにかユーリを引っ張り出したものの、次第にエスカレートしてゆくユーリの購買熱に危機感を募らせたドナは、一刻も早くこの場を立ち去ろうと懸命であった。斑刃刀の拵えがどうとか、デザインの参考がどうとか、アドンさんたちは言ってたけど……この辺りにユーリを放流すると、碌な事にならない気がする。何が何でも引っ張って行かないと……
――というドナの願いも虚しく、今度ユーリが引っかかったのは……
(へぇ……烏賊の甲か……大きぃなぁ……)
山育ちのドナには何か判らなかったようだが、ユーリは【鑑定】を使うまでもなく気が付いた。サイズこそファンタジーっぽい大きさだが、紛れも無く烏賊の甲である。一体何に……と呟きそうになったところで、ユーリは前世の記憶を思い出した。
(確か……小鳥の餌に使ってたような……カルシウム源って必要だよね? 鳥が卵を産む時とか……)
小学校の飼育係をやった時、小鳥の餌として――穀物や青物などの他に――塩土と烏賊の甲が挙げられていた……
そこまで連想が進んだところで、ユーリは小さな友人たちの事を思い出す。育てた雑穀や豆などを分けてはいたが……カルシウム源にまでは気が回らなかった。だが、気付いたからには用意すべきだろう。何しろ彼らには、早期警戒や情報収集やら、色々な面で助けてもらっているのだ。
(……そう言えば……魔獣の骨粉を時々啄んでいたっけ。あれの方が良いのかな? ……けど、消化とか吸収のしやすさも考えなくちゃだろうし……)
ただの烏賊の甲よりは魔獣の骨粉の方がありがたいような気もするが、反面で骨粉の方が硬そうな気もする。やはりこれを買っていって、当人たちの好みを訊いた方が良いだろう。
――という、ユーリの視点では尤も至極な判断によって、大烏賊の甲という際物素材は、見事買い手を得たのであった。
ついでとばかりに、ユーリは一緒に売っていた何やらどでかい貝殻――シャコ貝か何かの殻だろうか?――やら、美しい光沢を持つ貝殻なども買っておいた。後者は螺鈿細工を考慮したもので、斑刃刀の拵えにも使えるのではないかとの考えからである。素材購入の口実に使った斑刃刀だが、実際にそれ用の素材が手に入るとなれば、むざと見逃がす事も無い。
大烏賊の甲には何か言いたげだったドナも、貝殻には抵抗を示さなかったようだ。やはり素材っぽいというのが効いたのだろう。
・・・・・・・・・・・・・・・・
「どうだい坊や。ま、上物の鉱石ってにはちっとばかり足りねぇが、それなりにお買い得ってやつだと思うぜ?」
「う~ん……確かに……」
海産物(非食材)コーナーを後にしたユーリが次に引っかかったのは、鉱産物を扱っているコーナーであった。
鉱産物と一口に言うが、その内容は様々である。貴石宝石の類も鉱産物のカテゴリーに属し、こういったものであればドナも食指を動かすに吝かでない。
ドナが承服できなかったのは、ユーリが引っかかったのがこういった貴石宝石の類ではなく、ゴロリと無骨な鉱石だったというのもある。――いや、ドナとてまともな鉱石であれば、そこまで文句を言うつもりは無い。【錬金術】や【鍛冶】のスキルアップに必要だという、ユーリの主張も理解できる。
ただ……ユーリが引っかかっているのはそういった上質の鉱石ではなく、素人目にも怪しく見えるクズ鉱石の一山なのであった。
値段が安く見えるのは確かだが、何もそこまで低品質のものを買い込む必要は無いではないか。蛇酒や茸や蟻塚や烏賊の甲にあれだけの大金を投げ出していながら、何でこの場で払いを渋るのか。優先順位の付け方が間違っているだろう。




