第六十五章 春の大市~珍品巡りの二日目~ 3.胡椒の夢(その3)
「……これって、胡椒なんですか?」
本人は純朴な子供を演じているつもりなのだろうが、そこはこの手の演技に経験の無いユーリの事、如何にも〝演じてます〟感がダダ漏れになっており、結果として無邪気な胡散臭さとでも言うべき雰囲気が醸成されていた。……控えめに言っても、冷やかしにしか見えない。
――なので、売り手の男もそれ相応の態度で応じる。
「……そぅ書いてあんだろ!」
〝冷やかしならとっとと失せろ!〟と言いたげに突っ慳貪な態度であったが、つぃと目の前に差し出されたものを見てクールダウンする。――小ぶりのコップに満たされたワインを見て。
(「ちょっ! ユーリ君ってば、どこからそんなもの――!?」)
(「あ~……あの革袋って、酒袋だったんだ……」)
(「……交渉の円滑化を図るためか? 子供とは思えない周到さだな……」)
(「ふむ……という事は……ちゃんとした目論見あっての交渉という事かの?」)
――などと後の方でヒソヒソ囁き合っているのを尻目に、
「天気は好いと言っても、まだ冷えますよね。どうぞ。少しは温まりますよ?」
「お……おぉ……悪いな坊主」
店主が賄の一杯を飲み下したところで、
「けど……どうしてこんなところで胡椒なんて売ってるんですか? それに、見た感じだと何種類かが混じってるみたいですけど?」
「おぉ……そりゃあな、こういうわけなのよ」
一転して落ち着いた様子の男が言うには――これはとある船員から博奕のカタに巻き上げたものらしい。その船員は船員で、現地でモグリの商人から買ったらしい。
「何でもその商人が言うにはな、大っぴらにゃあ売り買いできねぇもんを、知り合いを拝み倒して手に入れてもらったとかでな。出すところへ出しゃあ金貨数枚は下らねぇって言ってたが……」
「大っぴらに売り買いできないものを、どうやって然るべきところへ持ち出すつもりだったんですか? その船員さん」
「……だよなぁ……俺も少し怪しいたぁ思ったんだが……他にカタにできるもんも無かったしなぁ……」
「幾つか種類が混じってるみたいなのは?」
「さぁな。船乗りが買った時からこうだったらしい。何種類かのが混じってるそうなんだが……」
ユーリがこっそり【鑑定】先生にお伺いを立てたところ、混じっているのは胡椒以外の香辛料らしい。水増しのつもりなのか、現地で使われているものを混ぜ込んだようだ。
ただ……作物の種類を増やしたいユーリにしてみれば、寧ろ願っても無い好機である。或る意味では胡椒の発芽に失敗した時の保険にもなるではないか。
内心で嬉々としているユーリであったが、端から見れば出処の怪しい「胡椒」に引っかかった馬鹿な子供にしか見えないわけで……
(「……やっぱり怪しいんじゃないのよ……」)
(「でもユーリさん、心が動いてるみたいですよ?」)
(「怪しい事情は判ったが、品自体が怪しいのは変わらないからなぁ……」)
後の方でドナ・エト・オルバンが囁き交わしているのをバックに、これは一言確かめた方が良いだろうと判断したオーデル老人が、徐にユーリに声をかける。
「あ~……ユーリ君や、その……『胡椒』を買うつもりかね?」
「はい。できればですけど」
あっけらかんと答えるユーリに、喜色を浮かべる若い男、困った表情のオーデル老人、その後には慌てた様子の三人組……と、これは面白い事になりそうだと、野次馬たちも興味津々の体である。
「だって、普通に買ったら金貨一枚のところを銀貨一枚なら、これはお買い得ですよ?」
「いや!? さすがにそこまで安くはしないからな!?」
気の好い子供かと思いきや、さらっと金貨一枚を銀貨一枚に値切られて、慌てた様子の若い男。それでは博奕の貸しにも足りないではないか。
対して、野次馬たちは歓喜の表情である。世間知らずの子供かと思っていたが、これは中々の役者らしい。この後の展開にも期待が持てるというものだ。
その後は……呆れとも感心ともつかぬ表情のオーデル老人たちが見守る中、素人同志の熾烈な価格闘争が幕を開ける。見物人が囃し立てる中、趨勢は若い男不利に傾いていった。何しろ、ユーリはこっそりと【闇魔法】による思考誘導まで行なっているのだ。勝ち目など最初からあるわけが無い。
もはや涙目の男が銀貨四十枚で手を打ったところで、ユーリはしれっと銀貨五十枚を取り出した――〝十枚は良い縁を持って来てくれたご祝儀〟だと言って。
子供とは思えぬ気っ風の好い買いっぷりに、見物人がやんやの喝采を浴びせたのも、蓋し当然であったろう。




