第六十五章 春の大市~珍品巡りの二日目~ 1.胡椒の夢(その1)
大市二日目となる今日、ユーリたちの護衛に参じたのは、「幸運の足音」の壁役にしてパーティの金庫番を兼ねるオルバンであった。
(……という事は……値段の見当が付きにくい買い物を優先した方が良いかな? オルバンさんなら金銭感覚も発達してそうだし……)
――という下心もあって、ユーリは本日の狙いを異国渡りの産物に定める。この国の気候では育てにくい作物なども、いずれ温室が完成したら栽培に挑戦するつもりである。それまでは【収納】スキルのオプションである「チルド設定」――註.ユーリ専用に女神アナテア様から与えられた特別オプション――を活用して、休眠状態で保管しておけばいいのだから、今回巡ってきた入手の好機を逃す必要は無い。
他国からの輸入品という事でそれなりに値の張る品も多いだろうが、煩く文句を言いそうなドナは、昨日の事を持ち出して黙らせよう。昨日はドナの意向を容れてあれこれ散財――と言う程の額でもないが――したのだから、今日は自分の好みを優先するといえば、ドナも表立って反対はしにくいだろう。
(……うん……農作物とかはオーデルさんとエトでも或る程度は判るだろうし……作物以外のものを狙ってみようかな……)
――などと、十二歳児には似つかわしくない強かな計略を巡らせるユーリ。しかし、表向きは飽くまで爽やかに、
「じゃあ、行きましょうか!」
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ここローレンセンにおける春の大市は四日間だが、最終日の四日目は早仕舞いする商人も多いので、本命は三日目までに購入しておくのが鉄則となっている。
春の大市初参加のユーリであったが、その辺りの情報は抜かり無くエトやアドンから仕入れてある。初日こそドナに付き合ったが、二日目と三日目は予て狙いの物品購入に充てるつもりだ。最終日は落ち穂拾いのような感じで、処分品を買い叩けばいいだろう。他のみんなもやってるそうだし。
「ふ~ん……やっぱり香辛料は高いんですね」
「それはそうじゃよ。肉料理にアレが有ると無いとでは、味の方も段違いになるでの。おまけに、この国では採れんのじゃからして」
最後の方でチラリとユーリの様子を窺っていたオーデル老人であったが、ユーリとしても首を左右に振るしか無い。
色々と有り難い山の幸を恵んでくれる塩辛山であるが、さすがに胡椒の類は生えていなかった。まぁ、それ以外のハーブ類は色々見つけたし、現状でユーリはそこまで不便を感じてはいないのだが。
ちなみに、作物以外の舶来産物に狙いを付けていた筈のユーリが、なぜまた胡椒などを物色しているのかというと、
(……大市に出されてる舶来品って、意外と少ないんだよな……)
店売りならまだしも行商となると、あまり嵩張るものや重たいものは運びにくい。場所を取らずに運べて高く売れるとなると、どうしても香辛料などが主体となるらしい。酒などもそれなりに需要はあるようだが、ただでさえ重たい上に瓶が破損すると台無しになる、樽は大き過ぎて小売りに向かない、揺らして運ぶと味が落ち易い……などの問題があるため、専門の商人以外は手を出さないらしい。
(宝飾品とか衣料品もあるみたいだけど……ドナが煩く騒ぎそうだし……君子危うきに近寄らず――ってね)
そんな理由で、香辛料や乾物などを見て廻っていたユーリであったが……実は、ユーリはここまで胡椒の類を一切購入していない。値段が――前世日本人であったユーリの感覚からすると――馬鹿々々しいほど高いというのもあるが、それよりも、店頭に並んでいる胡椒――こちらの世界風に言えばピペル――が何れも加熱処理済みのものであったためである。
ユーリとしては風味や香りよりも、自分で栽培できるかどうかの方が重要なため、発芽能力を失った、単なる「香辛料」には然ほど関心は引かれない。
ちなみに、地球では黒胡椒・白胡椒・赤胡椒などがあったが、それらは植物の種類ではなく製法による区分であった。【鑑定】先生に拠ると、完熟前の実をそのまま乾燥させると黒胡椒、完熟した実をそのまま乾燥させると赤胡椒、種皮を剥いてから乾燥させると白胡椒になるらしい。
地球産の胡椒は極めて発芽しにくい植物で、種子ではなく挿し木で殖やされていたが、こちらの世界の〝胡椒〟はもう少し発芽し易いようだ。
(……だからこそ、加熱処理で発芽能力を失わせたものだけが、商品として流通してるのかもな……)
幾つかの香辛料の他にドライフルーツを適当に物色して、そろそろ食物以外のコーナーへ移ろうかと思っているところで、ユーリはそれに気付いた。




