第五章 木綿以前のもの 2.野外探索(その2)
「ここは一つ、魔法で草刈りっていうのをやってみようか」
あまり使う機会の無い風魔法を、この機に使って育ててみよう。そう思い付いたユーリであったが……
「……これって、メチャ難しいんですけど……」
茂りに茂った藪の中から、目当てのマオだけを残して、他の雑草雑木を刈る。
手で選り分けて鎌で刈るならさほどの難事ではないこの作業も、風魔法だけで行なうとなると途端に難度が跳ね上がる。風――と言うか、この場合は【ウィンドカッター】――の出力と向きの精密な制御が必要となるのだ。
「……駄目だ、こんなの一々やってられない」
マオ一株の周りを刈るだけで精根尽き果てたような気がしたので、残りは鎌で刈っていく事にする。サクッと土魔法で作り上げた鎌を振るって、地味に草刈り作業に邁進するユーリ。
さすがに全ての株の周りを草刈りするだけの時間も無かったので、ある程度草刈りを済ませると、ユーリは探索を続ける事にした。マオ以外にも繊維素材として使えそうな植物があるかもしれないし、繊維以外にも有用な植物を見つけておくに越した事は無いのである。
そうして見つかったのが……
《オロ:山野に自生する多年草で、マオの仲間。茎は赤みを帯びる。表皮から繊維を採る他、内皮からも綿に似た繊維を採取する事ができる》
「……綿かぁ……。そう言えば、糸や布だけじゃなくて、布団の詰め物なんかも必要だよなぁ……」
気が早いと言われそうだが、冬に備えて防寒用の素材の事も考えておく必要がある。現状ではマッダーボアの毛皮もあるし、他の動物の毛皮なども利用できるかもしれない。その中にはひょっとすると、ウールの代わりになるような体毛を持つ動物もいるかもしれないが……
「綿が採れるんなら、一応これも確保しておくべきかな……」
お馴染み【田舎暮らし指南】師匠に拠れば、歩留まりはそれ程良くないようだから、相当な量のオロを刈り集める必要がありそうだ。
「まぁ……とにかく一度は試してみるしかないよね」
オロが生えている辺りを軽く除草していると正午近くになったので、そのまま昼食を摂る事にする。今日の昼食は、【田舎暮らし指南】に従って毒抜きをしたリコラの澱粉団子に、マッダーボアの肉を軽く炙ったものである。道々採っておいた山イチゴの実をデザートにすると、案外満足できる昼食になった。
軽く食休みをとりながら、この後の予定を考える。
当座の目標はクリアしたものの、今から村へ戻ったところで何をするという当ても無い。なら、もう少しこの辺りの植生を調べておこうと方針を決める。繊維素材以外にも必要なものは多いのだ。いずれはこの辺りの様子も調べておく必要があるのだし、それが今日でも別に不都合は無い。
ユーリは少し休んだ後で、周辺の探索を再開した。そうして次に見つけたのは……
「わぁ……これが見つかるとはなぁ……」
ユーリの目の前にあるのは、身の丈を越えそうな高さの草。子供の頃――今も子供だが、生前の子供の頃――見た憶えがある草によく似ていた。
「ケナフ……だったよな。……確か、木材に代わる製紙原料だとか言われてた……」
《ケンファ:日当たりの良い原野に生える一年草。成長が速く、条件次第では三~四メートルにまで成長する。内皮からは繊維が採れる他、製紙原料としても利用できる。芯材は加熱して圧縮成型すれば、セッチャクザイ不要でパーティクルボードとして利用できる。秋に大輪の花を着けるので、観賞用に栽培される事もある。ただし、茎に鋭い刺がある事や、地面の養分を吸い上げる力が強くレンサクショウガイがある事などから、栽培する者は限られる》
「へぇ……パルプにできるのは知ってたけど……繊維も採れる上に、接着剤要らずでボードにできるのか……。刺があるのは見て判ったけど、連作障害の事は初耳……って、凄いな【鑑定】先生と【田舎暮らし指南】師匠」
ケンファは見た限りであちこちに生えてはいるが、その数は決して多くはない。連作障害があるという事は、いつまでもここに生えている事はと期待できないかもしれない。利用するつもりなら、種子を採って村内で栽培する事を考えた方が良い気がする。
「まぁ……試しに繊維っていうのを採ってみてもいいかもね。マオとどっちが歩留まりが良いかも気になるし……」
何だかんだと結構色々な収穫があったな。そう思いながら、ユーリは村への帰途に就いた。