第六十四章 春の大市~レディ・ファーストの初日~ 1.衣料品
ローレンセンにおける春の大市の開催初日、心ウキウキ・ワクワクと足取りも軽く市へ赴こうとしていたユーリを迎えたのは、
「今日はフライさんが護衛ですか?」
C級パーティ「幸運の足音」で斥候役を務める獣人のフライであった。
「おう。大市のせいで混雑してるところへ、大人数で練り歩くわけにもいかねぇからってな」
その件は既に話が着いている筈だ。今更蒸し返す理由は何なのか――と、フライが少しばかり怪訝に思っていたところ、
「じゃあ今日は……ドナ、行きたいところがあったら、先に行こうか」
「え!? 良いの!?」
「うん。こういうのは女の人の希望を優先するものだし」
殊勝な顔をしてそう宣言するユーリであったが、最初にオーデル老人とアドンが、やや遅れてフライも気が付いた。
――カトラとダリアの女性陣がいないうちに、女子向けの買い物を済ませるつもりだ。
(なるほど……ドナ一人でも買い物が長引くじゃろうところに、ハーフエルフのお嬢ちゃん二人まで合流されては堪らぬというわけか……)
(相変わらず、子供たぁ思えねぇくらい気が回るよな……)
(僕の好みから言えば胡散臭い店一択なんだけど……最初にドナを温和しくさせておかないと、落ち着いて見て廻るのが難しそうだしね)
この世界での年齢こそ十二歳であるが、前世は享年三十七歳。入院生活が長かったとは言え、それなりに知識だけは蓄えていた。……大抵は患者や見舞客の愚痴という形であったが。
お目付として同行するエトも薄々察しているようだ。気付いていないのはドナだけである。
「あ――じゃ、じゃあね! 最初に服! それから……えっと……アクセサリー! それから、それから……えっとぉ……」
「まぁ、時間はたっぷりあるんだし、その手のものが集まっていそうな区画から先に廻ろうか」
・・・・・・・・
この世界における「春の大市」を、上手く説明するのは難しいかもしれない。
強いて言えばそれは、博覧会と蚤の市、隊商に祭の縁日をごっちゃにしたような、興味深い代物である。
国内外の各地から、大市を目指して腕自慢・品自慢の商人たちが集まって来る。これを迎え撃つのは地元の商人たちだ。
「あぁ、これこれドナや~……すまんのぅ、ユーリ君」
歓声を上げて店に吶喊したドナを見て、オーデル老人が情け無さそうな声でユーリに詫びる。
「あはは、大丈夫ですよ。僕の方も好い練習になりますし」
「練習? ……なるほどのぅ……」
「あぁ……そういう事かよ……」
ユーリが女神アナテアから、有り難くはあるが癖のある加護を授かった件は、既に「幸運の足音」にも伝えてある。加護の副作用対策として、特殊な魔道具を購入した件についても同様である。
ユーリが切り札と頼む魔道具は、顔を合わせるタイミングと魔道具起動のタイミングが一致する必要がある。今回の大市に関して言えば、品物を見ているという理由で俯き加減になっている説明が付く。声をかけられて顔を上げるタイミングで、或いは、面と向かって話す必要ができたタイミングで、件の魔道具を起動させればよい。遠目に眺めるだけの他人も当然いるだろうが、その手合いは単に女顔という事で納得するだろう。
目撃者対策にやや俯いて、フライから魔製骨器の使用感について報告を受けつつも、ドナの様子に目を配っていたユーリであったが、
(……あれ? ドナってば、何だか当てが外れた風に見えるけど……?)
ドナがう~んと眉根を寄せているのも道理。その店に置いてあったのは、古着ではなく反物であった。ドナの懐具合の手には余る商品である。
目敏くもそれに気付いたオーデル老人が言うには、
「古着じゃと、運ぶ手間賃が割に合わんのじゃろうよ。察するに、王都で捌けなんだものを挨拶代わりに持ち込んだ――というところじゃろう」
(なるほど……宣伝と在庫整理を兼ねて――ってところかな?)
だが反物だというなら、寧ろユーリにとっては好都合な部分もある。【田舎暮らし指南】スキルを持つユーリの場合、簡単な縫製なら自前で何とかできる。新品の布が少しでも安く手に入るのなら、少し覗いてみてもいいかもしれない。どうせ布団の材料とかも、買う必要があるんだし。
「ちょっとユーリ君、そんな色の布、本気で買うつもりなの?」
「え? だって織り目がきちんと詰まってて丈夫そうだし、どう考えてもお買い得だよ? これ」
「そりゃ、丈夫は丈夫かもしれないけど……色合いが今一じゃない?」
「え~……だってさぁ……」
人も通わぬ塩辛山で独り暮らしをしているユーリ。その選択基準は、一に頑丈、二に肌触り、三・四が無くて五に色・柄である。元々おしゃれのセンスに乏しいというのもあるが、見てくれなど気にしたところで……
「どれだけ服装に気合いを入れても、鳥と獣しか見てくれないんだよ? だったら色とか柄よりも、丈夫さとか肌触りを優先したいじゃない?」
――というユーリの主張には、ドナとて同意せざるを得ないのであった。




