第六十三章 地球風料理指南 1.ザ・フライ
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「え? 料理のネタ……ですか?」
アドン邸の料理長マンドがユーリに相談を持ちかけたのは、職人たちとの会見の翌日、大市の開始を明日に控えた昼下がりの事であった。
「あぁ。何しろ、冬前に教わった塩釜焼きの評判が凄くってな。ローレンセン中で評判になっちまったんだわ」
「ははぁ……」
要するに、なまじ高い評価を得てしまったために、下手な料理を出しにくくなってしまったというのが問題なのであった。
客としては、思わず唸らせられるような斬新な料理を期待しているわけで、そうなれば客の――言外の――要望に応えるべく、マンドたちも努力せねばならない。しかし、客の意表を衝くような斬新奇抜な料理など、そう簡単に用意できるものではないのも事実なのであった。
そこで異国の――実際は異世界なのだが――料理の知識を持つユーリに、何らかのサジェスチョンをもらえないかというのが、マンドの希望らしい。
「そう簡単に言われても……お話を聞く限りだと、単品の料理よりも、様々な食材に応用できる料理法が望ましいって事ですよね?」
理屈は解るが、既に揚げ物も蒸し物も教えてある。これ以外の調理技法となると何があっただろうか――と、頭を悩ますユーリであったが、
「おう。そこでだ、去年ユーリに教えてもらった揚げ物な。あれを工夫してみてぇんだが」
「え? ……あれは確か……どれもこれも同じように地味な見た目になるっていう欠点があったんじゃ?」
前世ヨーロッパの歴史に鑑みれば、〝揚げる〟という調理法自体は、既に存在していてもおかしくない。ただ、少なくともここリヴァレーン王国では、まだ広く普及してはいないようであった。ゆえに、揚げ物という選択肢自体は悪くはないのだが……如何せん一様に茶色~黄土色で、食卓を飾る華やかさに欠ける。
昨年アドンと検討した時にも、そういった理由で没にした憶えがある。その代わりとして塩釜焼きと奉書焼きを提案したのではなかったか。
「いや、その奉書焼きの件でな、うちの旦那がマジックバッグを買い入れなさったのよ。海の魚を新鮮なまま運ぼうってな」
「……アドンさん……そこまでやっちゃいましたか……」
結構なお値段するマジックバッグを、食材確保のためだけに購入したと聞いて、思わず顔が引き攣るユーリであったが、
「いやいや、料理ってやつをそう馬鹿にするもんじゃねぇ。新奇な料理を知ってるって事は、新奇な知識を知ってるって事だ。言い換えると、新しい交易ルートを手に入れたって宣言してるようなもんなのよ」
「……え?」
「そう心配すんな。ルートを確保した事は教えても、ルート自体は決して明かさねぇのが、商人の心意気ってもんだ。ユーリの事がバレる気遣いは無ぇよ。現に、今回もユーリだけでなく、オーデルさんたちも一緒に来てんだろ?」
衆目の見るところによるとは、アドンが旧友のオーデル老人とその孫を大市見物に招き、ユーリはそのついで――と見られるらしい。そこまで考えが及ばなかったユーリは、感心するとともに、浅慮を恥じ入るばかりである。
「そこまで気にすんなって。まだ子供なんだからよ」
とは言え、前世の人生を入れれば通算で四十二歳になるユーリとしては、やはり忸怩たる思いを禁じ得ないのであった。
「ま、そんな事より話を戻すぜ。旦那がマジックバッグをお買いになったんだが、あれに仕舞っといたものは、理由は知らんがそのまま食っても中らねぇんだろ? だったらユーリが言ってたってぇ生卵を使ったソース、そいつが作れるんじゃねぇかと思ってよ」
「あ……」
――盲点であった。
マジックバッグや【収納】には、生物を生きたまま仕舞い込む事はできない。言い換えると、【収納】する事によって殺菌が可能である。O-157のようにベロ毒素を産生する食中毒菌もあるが、確か卵の食中毒は、サルモネラ菌によるものが大半だった。残留毒素の懸念はそれほど無い筈。生きた細菌が相手なら、【収納】によって殺菌する事は可能な筈だ。であれば、生卵であろうと食べるのに何の問題も無いのではないか?
散々【収納】を使い倒しておきながら、どこかでまだ前世の「冷蔵庫」と同じような感覚でいたらしい。前世では卵の生食を可能にするために、業者があれこれと技術を開発していったのだが、その記憶が頭にこびりついていたが故に、こちらでも卵の生食は危険であるとの認識から逃れられなかったようだ。
ちなみに、アドンが最初気付かなかったのは、こちらでは細菌や殺菌という知識が普及していないのと、もう一つ、高価なマジックバッグをたかが食材の下拵えに使うという、豪気な発想ができなかったためである。
一つ付け加えておくと、ユーリの【収納】には、挿し木用の枝などを休眠状態のまま収納する事ができるが、これは女神アナテア謹製のオプションであって、一般の【収納】に備わっている機能ではない。
「まぁ、そのソースに限らずだ、見てくれさえどうにかしてやれば、中身が何か判らねぇってのは、却って面白ぇんじゃねぇかと思ってよ」
「……或る意味で期待感を煽るかもしれませんね、確かに」
既にフライドポテトやフライドチキンは自力でものにしているらしいし、ここはカツとかフライの出番だろうか。ちなみにユーリが知るトリビアによると、肉がカツで魚と野菜がフライになるらしい。そうなると衣が必要になるが、フライと言えばやはりパン粉だろう。
ちなみに、天ぷらは天汁で食べるのが正義――妥協しても塩くらいまで――と考えているユーリにしてみれば、天汁の開発がまだである以上、天ぷらを教える予定など無いのであった。
しかし……
(ウスターソースくらいなら教えてもいいかな……?)
天ぷらにウスターソースをかけるのは邪道と言って憚らないユーリであるが、フライにかけるのなら問題無い。この辺りの拘りは、生前も端からは不思議がられたものだが、ユーリ――もしくは生前の去来笑有理――として、譲る事のできない一線というものはあるのであった。
ソースに関する拘りは、あくまでユーリ個人の見解であり、他の意見を貶めるものではない事をお断りしておきます。




