第五章 木綿以前のもの 1.野外探索(その1)
一夜明けて、またまたユーリは村の中を見て廻る羽目になった。今度は今まで気にも留めていなかったもの、繊維素材となる植物が生えていないかどうかの確認である。日本の山村でも、麻だの綿だのは栽培していたところもあるし、ここにだって無いとは言い切れない。あたら有用な繊維作物を、雑草と間違えて捨てたりしたら悔しいではないか。
――と思って村中を見て廻ったのだが……
「そう上手くはいかないかぁ……」
繊維作物らしきものも、製紙原料につかえそうなものも、村内には生えていなかった。あるいはここの住人は、布や衣類は他所から購入して済ませていたのかもしれない。
「そうなると……村の外に出るしかないのか……」
つい先日、イノシシの魔物と遭遇戦を演じたばかりのユーリとしては、あまり気の進まない結論である。しかし、だからといって無視しておけるような案件でもない。藁布団を作るための布だって必要だ。
繊維を採って、糸に紡いで、布に織って、衣類に仕立てるという手間を考えると、早いうちに取りかからねば手遅れになる。特に原料の植物には、それぞれ採取の時期というものがあった筈だ。その時期を逃すと丸一年、採取の適期は巡ってこない。早い話が、この冬に着るものが無くなる……
「うん……待った無しだよね、これ……」
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腹を括って村の外に――柵が壊れている現状では、実は村の中も外も大して変わらないのだが――出たユーリは、【察知】を最大限に働かせながら、目に付いた植物を片っ端から【鑑定】していく。
幾つかの樹木の樹皮からも繊維が採れるようだが、木の皮を剥いで枯らすのは何となく躊躇いがある。再生産に問題のありそうな資源の収奪は控えた方が良いような気がする。
「と、すると……対象は木じゃなくて草になるのか……」
一応は樹木にも【鑑定】をかけていくが、繊維植物としての本命は草になりそうだ。あるいは成長の早そうな灌木か……
そう思って見て廻っていたユーリの目が、とある灌木に止まる事になった。
《ネリ:山野に広く自生する落葉低木。夏に白いエンスイカジョをつける。樹皮からは製紙用の糊が採れる》
カタカナの灰色表示になっている「エンスイカジョ」というのが何なのかしばらく考える事になったが、やがて「円錐花序」だろうと思い当たる。複数の花を着ける植物の場合、その花の着き方や並び方を表す言葉が「花序」だったような気がする。
「う~ん……いずれ紙を作る時には必要になるだろうけど……今は要らないかな。あ、けど、その時になって手に入らなかったら困るから……今日のところは目印だけ立てておいて、後で幾つか村に植えておくか……」
一応目印代わりの枝を立てておいて、探索を続けるユーリ。その間も【察知】による警戒は怠らない。一度なにやら獣らしき気配を感じたが、即座に【隠身】を発動してじっとしていると、やがてどこかへ行ったようだった。
ほぅと安堵の溜息を吐いて探索を続けるユーリの前に、それが現れた。
《マオ:原野に自生する多年草。高さ一~二メートルになり、茎は木質。夏に淡緑色の小花を穂状に着ける。茎からは丈夫な繊維が採れる》
【田舎暮らし指南】の情報を調べてみると、開花前のマオから繊維を取り出す方法が記載されていた。これは有望かと思って辺りを見回すと、あちらこちらにかなりの量のマオを見出す事ができた。歩留まりなどが能く判らないので断言はできないものの、これだけあれば服の一着や二着はどうにかなりそうではある。
「収穫にはまだ早いようだけど……これなら使えそうかな?」
これまでにユーリが調べたのは、村の近くの狭い範囲に留まっている。他の場所にも生えているのかどうかは判らないが、とにかくここに生えているマオの成長を少しでも良くしておきたいと思ったユーリは、とりあえずマオの株の周りを軽く草刈りしておく事にした。使えそうな肥料が無い現状では、それくらいしかできる事が無かったので。
「けど……鎌なんて持って来なかったしなぁ……」
採集のための根掘りの他に、藪漕ぎのための剣鉈は持って来た。しかし、同じ草木を払う道具だとは言っても、虎の子の剣鉈で草刈りというのはあまりやりたくない。
「土魔法で作ってもいいんだけど……」
本来なら農作業のために貰った土魔法であるが、現状では土木工事や道具作りに大活躍である。特に道具作製の場合は、細かな部分まで作り込む事が必要になるためか、魔力のコントロール技術が上がる事上がる事。お蔭で土魔法の技倆は格段に上がっている。柄込みで鎌をでっち上げる事など、今や造作も無い。
しかし、折角の機会なのだから……




