第六十二章 職人たち 4.防具職人(その1)
錺職と塗師から貴重な話を聞く事ができて、これで終わりかと思っていたユーリであったが、ここでクドルが待ったをかけた。待ったの理由は防具である。
「リグベアーの皮……ですか?」
「あぁ、ローレンセンに来る前に見せてもらったやつはアドンの旦那に売っ払っちまったが、他にもあるって言ってたな。そいつもどうせマジックバッグに仕舞い込んでるんだろうが。あんな危険領域で暮らそうってんだから、防具ぐらいちゃんとしたものを着けてろ」
――という、至極尤もなクドルの進言に、隣のアドンもうんうんと頷いている。折角ローレンセンに来ているのだ。ここで武器……はもう要らないだろうが、防具の一つや二つ誂えても罰は当たるまい。
そして……基本慎重なユーリもこれに同意した事で、予定を変更してクドル馴染みの防具職人を訊ねる事になったのであった。
「大市に出す分を仕込むってんで、この時期は新規の注文を受け付けねぇ店も多いんだがな。今から行く店はそんな心配は要らねぇ。店の親爺が偏屈で、大市だからって特に店の品揃えを変えたりはしねぇからな」
何、腕は良いから心配するなと保証するクドルの案内で、表通りから少し引っ込んだ場所にある工房を訪れた。
「親爺さん、いるか?」
無遠慮に扉を開けて店内に入るクドルに、
「……見りゃ判んだろうが。防具の修理か?」
――むっつりと応酬する店主も相当な曲者と見える。まぁ、それくらいでなくては、荒事上等の冒険者の相手など務まるまい。
「いや、今日は客を連れて来た」
「……そっちの坊主か?」
歴とした大人であるアドンを差し置いて、年端もいかぬユーリを客扱いするのはどうなのか……と、言いたくもなろうが、これにはちゃんとした理由があった。
まず、アドンは大人とは言っても、既にいい歳である。加えて、身形からして富裕層の住人である事は明らか。今更防具に用のある人間ではあるまい。
では、ユーリはどうなのかと言うと……クドルが紹介する以上、「客」というのも冒険者だろう。確かに子供は子供だが、この歳で冒険者登録をする者だって珍しくはない。
それに加えて、店の親爺にはもう一つ気付いた事があった。
(……無造作に引っ掛けちゃいるが……素材はただもんじゃねぇな……。それに反して、加工の手際にゃ拙い部分も見える……。これだけの素材なら、それ相応の職人に任せるのが普通なんだが……?)
店の親爺が商売柄気付き、そして内心で困惑したのは、ユーリの来ている服の素材と加工技術の落差であった。
【田舎暮らし指南】によって一通りの加工技術は身に着けているユーリだが、現状では飽くまで〝一通り〟の技術でしかない。専門の職人が作ったものには、まだまだ及ばないのである。それに反して素材は明らかに魔獣のもので、中々のグレードを誇っている。
これだけの素材ならもう少しまともな職人に任せるのが普通だし、そうするべきだとの思いもある。まさか、目の前の子供が自分で加工した――などとは夢にも思わない店主は、その食い違いに内心で困惑していた。
さて、店の親爺を当惑させたユーリの出で立ちであるが、今日は綿の長袖チュニックの上にレザージャケット、下は毛織りのズボンというものである。
このうちチュニックは去年ローレンセンで購入した綿の古着であるが、残り二つはユーリのお手製である。
レザージャケットは、毛皮を裏返しにして仕立てる事で、獣毛が裏打ちとなって保温効果を高めるように工夫してある。最初にユーリが手がけた時には、下に着る服が目の粗いマオ製のものしかなかったため、獣毛が下着を通り抜けて地肌に突き刺さりそうで断念せざるを得なかった。しかしその後、ローレンセンで綿製のチュニックを購入できたのと、闇魔法で獣毛を柔軟化する術を憶えた事で、件の仕立てが可能になっていた。ちなみに材料となったのは、ウルフ系の魔獣の毛皮である。クマ系の魔獣は良い糸の素材になり、イノシシ系の魔獣は剛毛過ぎるという事で、消去法で選ばれたのであった。
ズボンの方はどうかというと、こちらはクマ系の魔獣の体毛を紡いだ糸から手織りした布でできている。具体的に言えばバイコーンベアの毛織りであった。品質ではティランボットには及ばないが、それでも中々の逸品であり、普通の子供が着るようなものではない。
何より、店の親爺は防具職人であり、その値踏みも自ずと防護性能を主眼としていた。
レザージャケットにせよ毛織りのズボンにせよ、何しろ素材が素材なので、衣服と雖も馬鹿にできない防御力を持つに至っている。ユーリは然程気にしておらず、クドルやアドンは気付かなかったのだが……店の親爺は商売柄か、目敏くそれに気付いたのであった。
(ありゃ、材料だけで金貨数枚が吹っ飛ぶぞ)
――その実は、単に身近で手に入る素材を使って自作しているだけなのだが。
(子供にゃ過ぎた素材なんだが……加工はともかく、そんなモンをサラッと着てるって事ぁ……)
――という推論によって、ユーリが客だと見抜いたのであった。




