第六十二章 職人たち 2.錺職(その2)
「魔道具?」
予想外の単語を聞かされて振り返るユーリの目に映ったのは、相談を終えたらしきアドンと、その相手をしていた職人らしき男であった。今の声はこの男が発したもののようだ。
「あぁ。職人の中にゃ錬金術を心得てるのもいるが、俺も含めて大抵の者は魔道具頼りだ。ま、それを使うにも最低限の錬金術は必要なんだが」
――ヤグという若い職人の説明を要約すると、以下のようになる。
飾りと雖も武具の一部である以上は、それなりの剛性が必要になる。敵の一撃を受けて飾りだけが吹っ飛んだ……などという醜態を晒す事は、職人にとっては憤死ものの恥辱であるらしい。
しかし、最初から地金に彫刻したような場合と違い、後付けの飾りはどうしても接着部分が弱くなりがちである。そこで使われるのが錬金術であり魔道具であるという。
「この胴飾りを例にとって説明するとな……こう……胴の曲面に沿わせるように曲げてやって、その後で魔道具を使って硬化させ、胴に接着するわけだ」
「ははぁ……展示してある状態では、まだ軟らかいままなんですね?」
「そういうこった。その方が細工もし易いしな」
最初に鋳込みで大雑把な形を造り、そこから鏨などを使って、手作業で仕上げていくらしい。場合によっては象嵌や鍍金などを施す事もあるようだ。
ある程度の形が整った状態で展示しておき、最終的には依頼人の好みや意向を反映して仕上げるのだという。
「――で、仕上がった段階で、さっきも言ったように魔道具を使って硬化・接着させるわけだ」
「元は錬金術なんですか?」
「あぁ。けど、錬金術を心得てる職人なんてごく一部だからな。大抵は魔道具頼りって事になる」
――聞き流す事のできない話であった。
ユーリは【錬金術(怪)】なる怪スキルを――【田舎暮らし指南】の下位スキルとして――保有しているが、その事は――少なくともユーリ視点では――秘匿してある。ただし錬金術の独習を行なっている事は隠しておらず、手作業でできる事だけを色々と試している――という事にしている。ゆえに……使えるかどうかは別として、錬金術に興味を持つのは不自然ではないし、延いてはその魔道具とやらを入手するのもおかしくはない。【錬金術(怪)】を――添え字は気にしない事にする――使うための大義名分が手に入るというのだ。これに食い付かずして何とする。
斯くいった下心もあって、ユーリは職人の話に聴き入ったのであったが……ヤグの方にしてみれば、地味な作業の話が思いがけず好反応をもたらした事で、ユーリに好感を抱く事になった。いきおい話にも熱が入り、それが益々ユーリの好反応を引き出すという、素敵にポジティブなスパイラルが完成する。
下心を抜きにしても、生産者気質のユーリにとっては興味深い話題であったため、両者の話は大いに盛り上がりを見せていたのだが……手頃なところでクドルがユーリの関心を刀装具へと誘導する。鎧や兜の話も結構だが、今日ここへ来た目的を忘れてもらっては困る。
ここへユーリを連れて来たのは、何よりも彼によりも、ユーリに〝一般的な〟刀装具というやつを見せるのが目的なのだから。
ユーリがうっかり造り上げた「斑刃刀」について公式には、恐らく異邦人であろうユーリの祖先が、どこかのダンジョンか何かで手に入れた古代遺物という事になっている。と言うか、それで押し通す予定である。ただ、現状では何の飾りも無く白木の鞘に納まっているだけなので、せめて古代遺物らしい飾りの一つも付けてやる必要があるだろう――という事で一同の合意を見ている。
その飾りは当然ユーリが造るのであるが……異郷のダンジョンで出土した――という設定になっているため、異国風のデザインなのは構わないが、然りとて必要以上に目立つ飾りは宜しくない。なのでアドンやクドル、オーデル老人らの胆積もりとしては、この国の一般的な刀装具を見せてやって、あまり羽目を外さないように教導しておこうというものであった。
――ここでユーリは考えた。
表向きはどうあれ、実際には斑刃刀がユーリ作というのは、アドンたちには知られている。もしここで本格的に異国風の――要するに前世日本風の――デザインを持ち出したりしたら、どこでそのデザインを目にしたのかと疑われるのは必至である。〝故郷の事はあまり祖父から教えてもらえなかった〟という設定で押し通しているユーリとしては、公式設定と齟齬するような言動は極力避けねばならない……
そういう含みもあってアドンたちの誘いに乗ったわけだが……実はもう一つ、より切実な問題もあった。
ぶっちゃけて言えば……前世の日本だろうが何だろうが、ユーリは刀装具のデザインなど、碌に知ってはいないのだ。
前世の去来笑有理とて時代劇の一つ二つ観た事はあるし、五月人形を目にした事も無いわけではない。子供の頃には両親に連れられて、博物館に展示してある日本刀もを見学して感心した事もある。ただ……肝心要の刀装具のデザインを、朧気にしか憶えていないのだ。こんな状況で〝異国風の刀装具〟などデザインできるものか。
アドンたちの申し入れは、ユーリにとっても渡りに船であったのだ。
(バロックとかロココとかいう様式なのかな? ……けど……僕がデザインしたら、唐草模様の風呂敷みたいになっちゃいそうな……いや、異国風ではあるから、それでもいいのかもしれないけど……)
葛藤していたユーリの目にふと映ったのは、隣に置いてある燭台であった。どこか前世地球のガレを思わせるデザインを目にして……
(……いっそ、アール・ヌーボーとかアール・デコ風のデザインにするかな。こう見ると、それほど浮いた感じはしないみたいだし……)




