第六十一章 祝福顛末記 2.アナテアの祝福
「そもそもアナテア様は勇ましい女神様でいらっしゃってね」
「あ、はい。昨日教えて戴きました」
「うん。それでアナテア様の祝福というのは、戦士でない者の勇気を愛で、その者を護るというものなんだよ。具体的に言うと、子供の勇敢な行為を称える場合が多いね」
なるほど、普段から魔獣を狩っているようなユーリなら、さぞかしお気に召すだろう――と、密かに納得する祖父と孫娘。
「――ただし、子供の身でそういう勇敢さを示した者は、どうしても国やその他の権力者に狙われる事が多くなる。世の中の理非も弁えぬ子供が、いいように戦争などに使われるのを避けるために、その能力を誤魔化す――というのが、アナテア様の祝福なんだよ」
「……はい?」
――これは何やら重要な話ではなかろうか。そう気付いたユーリが姿勢を正す。
「ユーリ君も昨日受けた【鑑定】ね。あれを誤魔化す事ができるんだよ。……あぁ……そうすると、昨日の鑑定結果自体も怪しいか……」
……何ですと?
昨日貰った鑑定書に、所持している筈の【調薬】や【鍛冶】、【錬金術】といったスキルが記載されていない理由をどうしたものか――と、頭を悩ませていたユーリにとっては、その呟きはまさに福音であった。文句の付けようが無い理由ができたではないか。しかも、今後も引き続きステータスを誤魔化す事ができる……
――この瞬間、ユーリはアナテアの熱烈な信者と化した。このタイミングでこうもありがたい祝福を戴けるとは……
何? シスターが喜捨を欲しがっている? いいともいいとも。金貨の十枚や二十枚や三十枚、この祝福に較べたら惜しくはない。喜んで寄進しようではないか。
――独りそう舞い上がっているユーリの傍らで……
(「……そんな効果があるのですかの?」)
(「あたし、初めて知りました」)
(「教会関係者の間では能く知られた話なのですけどね。一般の方々には馴染みが無いかもしれませんね、確かに」)
(「ふぅむ……すると、ユーリ君の見かけが……その……アレになったのも……?」)
(「元々は、属性を曖昧に見せるというのがその効果らしいですから。一瞬だけ性別が曖昧に見えるのは、その副作用という事らしいです」)
(「それはともかく……ユーリ君、凄く喜んでるみたいだけど……?」)
――などという会話が進められていたのだが、ユーリは少しも気付かないのであった。
「……ね、ねぇユーリ君……」
「……はぃ? ……あぁすみません、寄付の事でしたら、金貨二十枚でも三十枚でも……」
「……いや……そうではなくってね……。いや……寄進してくれるのはありがたいけど……」
「ねぇユーリ君、随分喜んでたみたいだけど……?」
ここに至ってユーリは気付く。祝福の効果を知って浮かれていたが、少し度が過ぎていたか?
「えぇと……面倒事に巻き込まれないというのはありがたいですし……それに……」
「「「――それに?」」」
「その……女体化とか、両性具有とかになったらどうしようと思ってましたから……」
……それは祝福ではなくて呪いではないのか?
そう思った一同であったが、ユーリが狂喜している理由については納得できた。
尤も……
(「……子供のステータスを低めに偽装するのが本来の趣旨なので、鑑定結果が高めに出る事は無いんですけどね」)
(「つまり……鑑定結果より高い能力を持っているのは明白――というわけですな?」)
(「仔細は明かせませんが……あの年頃にしては随分と高いステータスだったんですけどね……」)
――と、いうところには突っ込まないのが、大人の気配りというものであろう。
「……あぁそうだ、ユーリ君、この祝福は子供の身柄を護るためのものだから、君が気にしている副作用は、成人したら消えるよ。……いや、祝福自体は消えないけどね」
「あ、そうなんですか?」
それは吉報。しかし――
「……司祭様、当面のアレはどうにかならんもんですかな? さすがにアレでは人目につくので……」
「アレじゃ祝福を貰いましたって、鉦と太鼓で触れ廻ってるようなものよね……」
浮かれているユーリを尻目に、冷静に相談する保護者二人。
「ふむ……一応は無い事もないのですがね」




