第六十章 ある休息日 6.神の僕(しもべ)たち(その2) 或いは 見知らぬ上客
場面変わって、こちらはユーリ退場後の教会である。
「司祭様! また無料で鑑定水晶を使ったんですか!?」
「い、いやね……頑是無い子供がアナテア様の祝福を戴いたんですよ? 鑑定書ぐらいのご祝儀は渡すべきだと……」
「――そんな事を言ってるから、ここの運営費は赤字続きなんですよ! あたしがどんだけ苦労してると思ってらっしゃるんですか!」
「い、いえ……シスター・アルタへの感謝を忘れた事はありませんよ?」
「解ってらっしゃるんなら、少しでも収入の事を考えて下さい!」
ナウド司祭を責め立てているシスター、その名をアルタといい、実質的にこの教会を切り回している最高責任者である。
ナウド司祭は人格者で、その仁徳を慕う者は多いのだが、世の中、仁徳だけでは渡っていけないのが常である。そんな世の中を渡るべく日々孤軍奮闘しているのが、教会の影の主と認められている、このシスター・アルタなのであった。
ここで少々この町の教会について説明しておこう。
この世界では複数の神々が実際に存在するだけでなく、度々その神威を振るっている。よって神々の存在が疑われる事は無く、一神教のようなものも成立する余地は無い。ゆえに多様な宗教が乱立して覇を争うような事態は起きていない。どの神を信仰するかは個人の裁量次第という、かなり緩やかな形での信仰が広まっていた。
そのような宗教観の下に存在する教会は、それぞれの神に対する祈りの場であるとともに、人々に道徳を説く場でもあった。同時に、教会は町や村における民衆の集会所や避難所のような役割も担っていたのである。
このような社会的機能を受け持つ教会は、半ば必然的に治療所や孤児院という性格も兼ね備えるようになり……要するに、その町や村の社会福祉機能のほぼ全てを、一手に担うようになっていった。
必然的に、教会の運営をただ一人の聖職者に任せるのは無理という事になり、教会には聖職者のトップとしての司祭――場合によっては司教――の他に、運営の実務者としての修道士や修道女が常駐して、医療や孤児の世話という任務に励んでいたのである。
こうなると領主は無論の事、各ギルドや裕福な商人たちも教会を放って置く事はできず、有形無形の支援を与えるようになっていった。
殊に孤児院の場合、人材の育成および確保という側面もあるため、これら富裕層からの寄進や援助もそれなりに大きかったのであるが……
「このところ隣国からの難民が増えたせいで、子供たちに廻せる費用も減ってきてるんですからね。現金収入の機会を逃がしてどうするんですか!」
――という事情になっていたのである。
「い、いや……今回はですね、その子がちゃんと寄進をしてくれてですね……」
「お金――貰えたんですか?」
「え、えぇ……」
「出しなさい」
「はい……」
教会の財務大臣とも渾名されるシスター・アルタの命令に、一介の司祭が背く事などできようか。大人しく革袋を差し出したナウド司祭であったが――
「司祭様! ちょっと、これ――!」
「……金貨?」
「五枚もありますよ!? 金貨五枚!」
あれやこれやの素材で荒稼ぎをしているユーリとしては、もう少し多めに払ってもよかったのであるが、目立つ大人買いはするなとアドンやオーデル老人から釘を刺されているのである。
「……これでツケが払えます。ありがたや……」
――と、神妙に神に感謝していたシスター・アルタであったが、突如として猛然たる勢いで振り向いた。
「――な、何ですか? シスター・アルタ」
「司祭様、これをくれた子供というのは、何者なんですか?」
シスター・アルタならずとも、気になるところであろう。だが……
「さ、さぁ……特に名前とかは訊きませんでしたから……」
「こぉぉぉんな太客、名前も訊かずに逃がしたんですかっ!?」
「い、いや、シスター……仮にも神の僕たる者が、信者を上客扱いというのは……」
「お黙んなさい! 孤児や患者、難民の世話にだって、先立つものは必要なんです。神の怒りが下るというなら、それは私一人が受ければ済む事! 何としてでもその子を探し出しなさい!」
シスター・アルタの厳命一下、やがて件の少年がエトの知り合いらしいと判明するのは、この少し後の事であった。




