第六十章 ある休息日 4.神の僕(しもべ)たち(その1)
――ローレンセン教会の司祭ナウドは驚愕していた。
年端もいかない少年がアナテア神の像の前に跪いて祈っていたかと思えば、やがてその身体が淡く発光したのである。
目を閉じて一心に祈っていた少年は気付かなかったようだが、これは神からの祝福が与えられた験だ。信仰生活のそれなりに長いナウドにしても、これまでに三度しか目にした事は無い。……ちなみに、自分自身に祝福が与えられた時には、その験は自分では見えなかったので、数には入れていない。
祈りを終えてこちらを向いた少年が、不思議そうな顔をしているのに気付く。……事情を説明してやらねばなるまい。
「……え? 祝福が戴けたんですか?」
スキルを得た時とは違って何のアナウンスも無かったため、ついぞ気付かなかったユーリが驚く。【ステータスボード】を開けば一発で判るだろうが、司祭の見ている前でそんな真似ができるわけは無い。
「えぇ、今までにも何度か目にした事がありますから、間違いありませんよ。何だったら【鑑定】してあげましょうか?」
「【鑑定】?」
「えぇ。教会にはそのための水晶玉がありますしね」
ナウドの提案は無償の善意からなされたものであった。本来なら【鑑定】には然るべきお布施を要求するのだが、年端もいかない子供、しかも神からの祝福を得た相手に、娑婆っ気臭く金銭など要求するのもアレな気がする。口煩い修道女もいない事だし……これくらいは構うまい。
一方で、ユーリは司祭の提案について考えていた。【ステータスボード】でステータスは偽装できている筈だが、実際にどうなのかの確認はしていない。これは千載一遇の好機ではなかろうか? 万一拙いものが映っていても、この手の好人物なら伏せてくれるだろう。前世でこういうタイプの医師方と付き合ってきたユーリは、その経験に鑑みて、この人物は職業倫理に悖るような真似はしないだろうと判断する。第一、この流れで【鑑定】を拒否するなど、疚しい事があると公言するようなものではないか? 実質的に選択肢など無いも同然である。
「――宜しくお願いします」
「はい。では、こちらへいらっしゃい」
案内された先に置かれていた大きめの水晶玉に手を翳すよう言われ、その言葉に従うユーリ。やがて水晶玉が何かを映し出し、ナウド司祭がそれを――目をパチクリとさせてはいたが――粛々と書き写す。
「……間違い無く、アナテア様の祝福を戴けていますね。おめでとう」
「ありがとうございます」
「はい、これが君のステータスですよ。……見かけによらず……高いですね」
〝見かけによらず〟というのがどういう意味なのか、些か複雑な思いを禁じ得なかったユーリであるが、雑念を振り切って手渡された紙に目を遣る。そこにはこう記してあった。
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魔 力:83
生命力:95
筋力値:52
防御値:37
敏捷値:36
器用値:37
知力値:40
スキル:【生活魔法】【察知 (Lv5)】【隠身 (Lv5)】【水魔法 (Lv4)】【土魔法 (Lv4)】
祝 福:女神アナテアの祝福
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【ステータスボード】で偽装したとおりの結果である。
ちなみに、名前や年齢などの情報が書かれていないのは、教会の鑑定水晶の仕様らしい。デリケートな情報を表示させて余計なトラブルを招くのを嫌った結果だそうである。
「ありがとうございます。これ、些少ですがお納め下さい」
金貨五枚を容れた革袋を渡そうとするものの、ナウドは受け取ろうとしない。ユーリのような子供から金銭を巻き上げるのに抵抗があるらしい。
「いえ、先程も申し上げましたが、僕はアナテア様に命を救われたも同然です。新たな人生を与えて下さった神様にお礼をしたいと、元々そう思って持参したものですから。どうかお受け取り下さい」
女神アナテアへの礼とすべく、日々コツコツと貯めた金子である――と、思わせるような言い方をするユーリ。実際には現金など入手したのは――村落跡で拾ったものを別とすれば――つい昨年の事であり、それまで貨幣経済とは無縁であったのだが。
ただし、前半の発言内容は――若干の脚色はあれど――紛れも無い事実であり、神への感謝の想いに偽りは無い。なのでユーリの真摯な想いに打たれたナウドは、中身を確かめもせずに革袋を受け取った。精々銀貨だろうと思って受け取った中身が金貨である事に仰天するのは、もう少し後の話である。
ともあれ、この時は両者円満に別れを告げた。
……この先に待っているものの事など、二人とも、考えもせずに。




