第六十章 ある休息日 3.神の名は
そろそろ話が動き始めます……少しばかり斜め方向へ。
こんな感じでお昼を一緒に食べて、お土産代わりの串焼きを抱えた僕らは教会に向かっていた。荷物が思いの外多くなって、ニコ――男の子の名前だ――独りで運ぶのが大変そうになったのもだけど、折角だから僕も教会に参っておこうと思ったんだ。僕をこの地へ連れて来て下さった神様に、ちゃんとお礼をしておきたかったからね。……勝手に彫っちゃった像の事も確認しておきたかったし。
「着いたぜ兄ちゃん。ここが俺たちの教会だ」
「へぇ……ここが……」
立派な造りに感心していたら、
「じゃ、俺もう行くからな」
「あ、うん。案内ありがとう」
「いいって事よ。こっちこそありがとな!」
ニコはそう言うなり串焼きを抱えて駈けて行ったので、僕は独りで神殿――で、いいんだよね?――に足を踏み入れた。
多神教の教会なのか、幾柱もの神様らしい像が並んでいる中で、一際僕の心に訴えかけてくる像があった。
「……女神様……なのかな?」
ショートヘアーで胸も寂し……ゲフンゲフン……慎ましやかなお姿だけど、面差しから女神様だと判る。
僕の前に現れて下さった神様は、性別とかは能く判らなかったけど……何となくこの神様のような……いや、この神様に違いないという気がする。
……お名前は何とおっしゃるんだろう……?
「アナテア様にお祈りですか?」
声をかけられて振り返ると、柔和な面差しの神官様?っぽい、年配の男の人が立っていた。
「あ、すみません、勝手に入ってしまって」
「構いませんよ。教会は誰にでも開かれているものですから。声をかけたのはですね、何やら子細ありげな様子に見えたので、役に立てるのではないかと思っただけです」
初対面の僕にニコニコと親しげに声をかけてきたこの人に、僕はどことなく既視感っぽい安心感を覚えていた。……あぁそうだ……この感じ……前世で色々お世話になった医師たちに似てるんだ……
「アナテア様っておっしゃるんですか? この女神様」
うん、今の僕に一番大事なのは、僕をこの世界に連れて来て下さった神様のお名前を知る事だからね。
「はい、女神アナテア様です。勇ましい女神様で、時として男装して現れる事もおありだとか。――尤もそのせいで、曖昧なものや境界線上の存在の守護者とされる事もありますが」
あぁ……確かに……。僕の前に顕現なさった時もそんな感じだったし……
「アナテア様に何かお願いでも?」
「あ、いえ。……実は、命に関わる大怪我をした時、夢現にこの神様が助けてくれたような気がするんです。その神様のお名前は判らないんですけど、男性とも女性ともつかないお姿であったような……。今日この教会を訪れる機会に恵まれたもので、お名前が判るのではないかと足を踏み入れたんですけど……何か、このアナテア様がそうだったんじゃないかという気がしたもので……」
そう言うと、男の人――後で聞いたら司祭様だった――は深く頷いて、間違い無いだろうと言ってくれた。他の神様は、夢と雖もそういう性別不詳のお姿で現れる事は無いんだそうだ。
「それで……その時のお姿を、拙いながらも像に彫ってお祈りしているんですけど……これって、問題無いでしょうか?」
【仏師】なんていうスキルまで貰っちゃってるし、神様的には大丈夫だとは思うんだけど……教会組織がどう反応するかが判らない。そう思って訊いてみたんだけど、
「問題ありませんよ。アナテア様に限らず、神様のご神像はあちこちに飾られていますから。不敬な真似をしない限り、教会としても咎める事はありません」
あ、そうなんだ。
「ありがとうございます。気になっていた事がはっきりして、胸のつかえが下りた気がします」
うん、折角来たんだから、ここで神様にお礼を言っておこう。そう考えてアナテア様の像の前に跪いてお祈りしたんだけど……お祈りを終えて振り向くと、なぜか司祭様が硬直していた。……何かあったのかな?




