序 章 終わりからの始まり その2
「……解った。椀飯振る舞いの気がしないでもないが……付けてやろう。ただし、彼の地においてもここまでのスキルを持つ者は稀だ。妄りに触れ回るのは止めておくのだな」
「ありがとうございます。肝に銘じます」
「それだけか?」
「そうですね……基本的な要件としてはこれくらいかと。あとは、戴けるという『チート能力』になりますか」
「……よかろう」
既に〝毒を食らわば皿まで〟という気になっていた神は、もはや何でも来いという様子で頷いた。
「私事になりますが……身体がこうなってからというもの、田舎でのスローライフというものを体験してみたいという想いが募るようになりまして……」
「……スローライフを楽しむための能力か?」
てっきり俺TUEE系の無双能力を希望されると思っていたのだが、予想を外されて意外の念に打たれる。しかし、目の前の男の半生を考えてみれば、それも無理のない要望かもしれない。だが……
「……スローライフに向いたチート能力とは何なのだ? 【鑑定】【収納】【察知】に【隠身】は既に与えたぞ?」
こういう仕事をするに当たって、神も事前に地球の「ラノベ」というものに目は通している。転生した主人公がスローライフを望む話も幾らかは読んでいる。ただ……そのスローライフに必須の能力というのが、今一つ思い浮かばない。と言うか、必要そうな能力は既に与えている。
他に必要になりそうな能力と言えば……【錬金術】と【調薬】、あるいは【鍛冶】ぐらいか……? それとも、【従魔術】【召喚術】【死霊術】といった使役系か……?
しかし、目の前の男はそれらを柔らかに否定して……
「実は、農業というものに興味がありまして……まだ病に倒れる前の子供の頃に、親の家庭菜園の手伝いをした事がきっかけで……」
「農業だと?」
すると、必要なのは木魔法か? いや、それとも作業員代わりにゴーレムか?
「植物の生長に必要なのは水と土、あとは光と闇だと思います。そこで、低いレベルで結構ですので、これら四つの魔法を戴ければと……」
男が光の他に闇を挙げたのは、光合成は明反応と暗反応の二つの反応系からなると、生物の授業で習った憶えがあったからだ。ただ……男がこれから行く世界における光魔法と闇魔法は、男が想像しているものとは少し違っていたのであるが。
「……木魔法は要らぬのか?」
「そこまで魔法でやってしまうと、楽しみが無くなってしまうので」
「……なるほど」
【水魔法】【土魔法】【光魔法】【闇魔法】。いずれも確かに有力な魔法には違いないし、取得した者も少なくない。ただ……家庭菜園用のスキルとして望んだ者は、後にも先にもこの男くらいではないか……? 特に後の二つ。
光魔法は光を、闇魔法は闇を、それぞれ利して戦う魔法であるが、それが家庭菜園とどう結び付くのだ? それとも……家庭菜園とは別に、安全保障のために取得するのか? それなら話は解るのだが……まぁ、欲しがるのなら与えてやればいいか……
――ちなみに、光魔法とは光を利して戦う他に、回復・解毒や除霊・浄化など、状態異常の解除なども得意としている。対する闇魔法は、闇を利して戦う他に、状態異常を与える事も包含している……と言うか、寧ろそちらの方が得意である。 どちらにしても、光合成や家庭菜園とはあまり関係の無さそうな魔法であった。しかし、神たる者がそんな些事まで一々気にする筈も無く……
「……解った。素よりこちらが言い出した事だ。それらの魔法を与えておこう。他には無いか?」
「あ……でしたら、私が行く場所なのですが……」
「む? 何か望みがあるとでも?」
「はい。恥ずかしながら病床生活が長いため、人付き合いに自信がありません。できれば、最初からあまり大勢の人間がいるところはご勘弁戴きたいのですが……」
「むぅ……」
男は気楽に言ってくれるが、実はこれこそ大難題であった。
何しろ、男の望みは農業生活。それなりに条件の好い環境が必要になる。しかし、そういった場所は既に開発の手が入っており、人気の無い場所を探すのは難しい。
しばし考え込んでいた神であったが、やがて心当たりがあったのか、顔を上げて男に答えた。
「……解った。計画に少々手直しが必要だが、君の希望は叶えてやれるだろう」
「ありがとうございます!」
喜色満面といった体で、男が感謝の言葉を述べる。
「では、これでお別れだ。彼の地での君の生活に幸あらん事を」
「色々とご面倒をお掛けしました。……こちらでの私はどうなりますか?」
「その身体は死ぬ事になる。苦痛は無いよ。君はこれまでの記憶と精神を持ったまま、向こうの世界に生まれ直す事になる。……あぁ、とは言っても、所謂転生とは少し違う。向こうに準備した身体に、心だけが書き込まれる形になる。身体の方は少々若返らせておいた。その方がお互い都合が好いだろうからね」
「色々とお気遣い戴いて、本当にありがとうございます」
「なに、構わぬさ。では、良き旅を」
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四月十六日、去来笑有理、長きにわたる闘病生活の末、市民病院にて永眠。享年三十七歳。男性。心不全。
これにて序章は終わり、次回からは、引き籠もり生産パートである第一部となります。次話は明日20時頃に投稿の予定です。