第五十七章 擂り鉢異聞 2.与えられし力
慣れた手つきで乳鉢と乳棒を作り出すユーリ。既にこういった作業に関しては、土魔法も熟練の域に達している。
「できました。……ヘルマンさん、一応【鑑定】してもらえますか?」
ユーリは新たに作ったセットに、比較のために自分が愛用している乳鉢と乳棒を添えて、ヘルマンに差し出した。アドンの執事であるヘルマンは、【鑑定】のスキル持ちである。出来上がったものの品質を確認してもらうのに、彼ほどの適任者はいないであろう。
「では、失礼をいたしまして……」
礼儀正しく断りを入れてから徐に【鑑定】に取りかかったヘルマンであったが、やがてその眉間に皺が寄せられる。
「……ヘルマン?」
「あの……何か拙いところがありました……?」
怖ず怖ずと問いかけたユーリに向かって、ヘルマンは申し訳無さそうに――
「……ユーリ様、こちらの……ユーリ様が使っておいでの方は、ある種の魔道具になっているようでございますが……」
「「――魔道具!?」」
「魔道具と言いますか……どうも微粉化促進の付与がかかっておりますようで……」
想像もしなかった単語を聞かされて、慌ててユーリも――こっそりと――【鑑定】してみるが、確かにヘルマンの言うような結果が出ていた。
「……ユーリ君……魔道具を作ったのかね?」
「そんなつもりは……〝粉になれー粉になれー〟って、念じて使ってはいましたけど……」
これでは埒が明かぬと、急遽エルフのナガラを呼びつける。魔術に長けたエルフなら何か判るだろう。
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「多分だが……ユーリ殿が念じていたのが原因だろう」
「付与って、そんな事でできちゃうんですか?」
「いや……普通は違うと思うのだが……」
「実際に、ここにこうして存在しておるわけじゃし……」
偶々ナガラと話していたばかりに、巻き添えで呼ばれたオーデル老人も困惑の体である。
「……ユーリ君がもう一度、付与を試してみてはどうじゃね?」
新しく作った乳鉢と乳棒に、同じように付与ができれば、ユーリが原因だという事が確定する。ただし問題は……
「……付与って、どうやれば良いんですか?」
ユーリの持つユニークスキル【田舎暮らし指南】には【魔道具作製】のサブスキルがあり、その中に【付与】という項目もあった気がする。ただ、ユーリ自身は――少なくとも意識的には――使った事が無いし、結果として【付与】も解放されてはいない。これは魔製骨器を作った時に確認したから確かである。
「……ユーリ君はこちらの……魔道具になっておる方じゃが、どういう風に使っておったのかね?」
「別に……さっきも言ったように、〝粉になれー粉になれー〟って、念じて使っていたぐらいで……」
「どれくらい使ったのかね?」
「えぇと……かれこれ五年ですかね」
「五年……」
そんなにかかるのか……と頭を抱えたアドンであったが、
「いえ……失礼ながら、それはユーリ様が意図せずに使われていた場合の、それも最大値でございましょう? 一般の【付与】でございましたら、一昼夜とはかからぬ筈でございます」
「確かに……そこまで複雑な【付与】には見えない」
――というヘルマンとナガラの指摘を受けて、
「ユーリ君、試してみてはもらえないだろうか」
「え……えぇ?」
ユーリにとってみれば無茶振りもいいところなのだが、ここで付与付きの乳鉢と乳棒を作っておけば、アドンの作業のみならずその独占が確実になりそうだとあって、渋々試してみる事に同意する。
ナガラから――一般的な――【付与】の基本知識とやり方を教わって、
「え~と……粉になれ~……じゃなくて……粉にするようになれ~」
危うく乳鉢の方を粉砕しかねない台詞を口走りかけたが、間一髪それを訂正して、微粉化の効果を高めるようにと念じていく。
幸いにして、その道具が本来持つ機能を強化するような【付与】は、魔力と意思、あるいはイメージ次第の部分があるらしい。それが功を奏したのか……
「……無事、成功したようでございます」
「おぉっ♪」
「……よ、よかったぁ……」
斯くしてユーリは、晴れて【付与】のスキルを手にしたのであった。