第五十六章 老戦士の半月刀(シミタール) 2.半月刀
一言ユーリに断ってから、アムダルは「刀」を鞘から抜き放った。確かに片刃の曲剣だが、自分が使っているのよりも反りが浅く、刀身も短めだ。それに反して柄は長めで、両手で遣う事も考えられているらしい。見慣れぬ形だが、それなりに洗練されたものを感じる。見た感じではかなり斬れそうな気がする。ただ……
「随分な業物のようだが、それにしては拵えが随分と質素だな?」
「祖父が言ってました。鞘に付いていた飾りのようなものは全て、路銀の足しに売り払ったそうです」
――大嘘である。
そもそもユーリには祖父などいないし、この「刀」自体、ついこの間造ったばかりの新造品だ。鞘にしても事情は同じで、〝元々付いていた飾り〟など存在しない。これらは全てアドンやクドル、オーデル老人が知恵を絞って考えてくれたカバーストーリーであり、アムダルにもそれで通すつもりであった。
「ふむ……」
しかしそれで納得したのだろう。アムダルは刀を鞘に納めると、そのままユーリに返してきた。
「儂が知っている曲剣とは系統が違うようだ。使い方も異なると思うが、祖父殿から剣技は教わっておらんのか?」
「構え程度です。詳しく教わる前に、祖父が身罷りましたので……」
「そうか……」
幸いにアムダルは詮索好きな質ではなかったとみえて、それ以上の追及はしないでくれた。
「とにかく、その習った構えとやらを見せてみろ」
「はい」
ユーリは返してもらった刀を構えると、剣道の竹刀を扱う要領で素振りをしてみる。神による「最適化」が良い仕事をしているらしく、その振りは中々堂に入ったものだ。
「ふむ……一応形にはなっているようだが……何が知りたいのだ?」
「斬り方です。この振り方だと直剣の扱い方と同じなような気がして」
ユーリが覚えた竹刀での打ち込みは文字どおり〝打つ〟だけで、〝引き切る〟動きが不足している。その辺りの扱い方が解らず、先人の指導を仰ごうという気になったらしい。
「なるほど……それなら儂の曲剣の遣い方でも参考になるか……」
納得した様子でアムダルは、自分の曲剣――前世地球で言えば半月刀と呼ばれそうな片刃の彎刀――を取り出し、基本的な動きを教えてくれた。稽古での打ち込みと実戦での引き切りの整合した形が見えずに困っていたユーリにとって、それは何よりもありがたい教導であった。
「その剣の形状から見て、両手で遣う事も考えられているのだろうが、儂の曲剣は片手遣いしかできん。必要以上に詳しく教えても、その剣を遣う上では却って邪魔になるだろう。とりあえずは基本だけを教えるから、あとは自分で工夫してみろ」
「はい」
教え方としてはあまりにもザックリとし過ぎているようだが、伊達にアムダルも長年この稼業を務めてはいない。両手遣いの直剣の技術もそれなりに身に付けているため、それらを加味して教える事で、刀術の体系に近いものを再現する事に成功していた。あとはユーリの前世の知識と、神によって「最適化」された身体能力が頼りである。
基本的な体捌きを教わった事で、ユーリが武器として「刀」を遣う目処も立った。今後も時々素振りを見てもらう事を頼み、ユーリはアムダルの前を辞したのであった。
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後刻、アムダルはアドンからリグベアーの骨を見せられて、心の底から納得していた。
遠間から魔法で斃したそうだが……万一の場合を考えると、あんな化け物と短剣で渡り合うのは確かに嫌だ。少しでも離れた間合いで戦いたいというのは、きっと切実な思いだったのだろう――と。




