第五十六章 老戦士の半月刀(シミタール) 1.老戦士
疲労困憊といった体のファレンが、屋敷を辞して後の事である。
「ユーリ君……その……大丈夫なのかね?」
「何がですか?」
「いや……この後アムダルに引き合わせる予定だったが……疲れていないのかね? ファレン君は随分と憔悴しきった様子だったが?」
アムダルというのはアドンの屋敷で護衛たちを統括・指導している人物である。その技は未だに衰えていないが、既に老境に入っているため体力には自信が無いという事で、実際の護衛任務より護衛たちに技術面での指導をつけるのを職務としていた。片手使いの曲剣についても心得があるという事で、ユーリはこの老人から剣技の指導を受ける事になっていた。
「あぁ、ファレンさんは慣れない作業で神経を使ったからだと思います。慣れたらこんな事、片手間にできるようになりますよ」
それはどうかなと思うアドンであったが、今気懸かりなのはユーリの体調である。
「大丈夫です。魔力は多少使いましたけど、体力は使っていませんから」
「そうなのかね?」
ファレンの様子を見た限りでは、魔力・体力・精神力の全てを根刮ぎ磨り減らしたような印象を受けたが……まぁ、本人が言っているから大丈夫だろう。アムダルにしても素人ではない。子供の体調の良し悪しぐらい判るだろう。そう思い直したアドンは、予定どおりユーリをアムダルに引き合わせる事にした。
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妙にちぐはぐな子供だ――というのが、アムダルがユーリを見て抱いた第一印象であった。
なるほど確かに子供ではあるが、自分の受けた感じからしてそれなりに修羅場をくぐっている筈。それも恐らくは白兵戦か接近戦。安全な距離から魔法を撃っている者の雰囲気ではない。老いはしたが、長年の経験で培われた眼力に衰えは無い。見立て違いという事は無い筈だ。子供といえど油断のできない者がいる事は、何度かの経験で思い知らされている。
ただ……得物として何を使っているのかが判らない。拳に胼胝のようなものは無いから、徒手格闘ではないだろう。子供の体格では重量のある武器は使えないだろうから、長柄や斧、ブロードソードの類でもない筈。雰囲気的に弓とも違うとなると、残るは……
「なるほど、これまでは短剣を使っていたのか」
「はい。けど、そろそろ短剣だけじゃ色々と問題が……」
話を聞いて大凡の事情が呑み込めた気がするアムダル。
今までは体格の問題から短剣を使っていたのだろうが、少し膂力が伸びたので、もっと間合いの長い得物が欲しくなったという事だろう。判断としては妥当なものだ。
「普通の剣にしなかった理由は?」
「ご覧の通りの子供ですし、体重を乗せて叩き斬るような使い方では不利なのが目に見えてますから」
これも納得のいく話だ。確かに子供の体格では、重さのある斬撃を主体とする武器は十全に扱えないだろう。引き斬るように使う曲剣の方がまだマシかもしれない。ただ、気になるのは……
「……曲剣の事を能く知っていたな。この国では珍しい武器だと思うが?」
「祖父から聞きましたし、一応現物もありますから」
そう言ってユーリはマジックバッグから「刀」を取り出す。無論「斑刃刀」ではなく、普通の鉄で造った方である。あっちは金輪際表に出すなと、アドンやクドルから厳命されている。
ユーリが取り出した「刀」を見て、アムダルの表情が動いた。プロとしての興味を掻き立てられたらしい。
「見せてもらっていいか?」
「どうぞ」