第五十五章 魔法使いの弟子 3.作業を終えて
初日の作業を終え、すっかり憔悴して部屋を出て来たファレンを見て、ナガラはドン引きする事になる。あわよくば造られる魔製石器の一部を優先的に廻してもらえないか交渉しようと待ち構えていたのだが……
(これは……無理は言えそうにないな……)
魔製石器の製作は色々と面倒だとは、ユーリ本人からも聞いてはいたが、あの様子では「面倒」などという生易しいものではなさそうだ。エルフたちの分はある程度確保するとの言質はアドンから貰っているが、この分では大量に確保するのは難しいかもしれない。自分が作業を手伝えれば良いのだが、生憎と土魔法の適性は持っていない。
(……長たちに連絡した方が良いか……いや、その前にカトラたちと相談してみるか……)
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「どうだった? 彼の製作者殿はどういう人物……何やら随分と消耗したようだが……一体、何があった?」
アドンの屋敷を辞して学院に戻って来たファレンを迎えたのは、ファレンの師にして魔導部主任教授のマガムであった。待ちかねていたように質問を発したマガムであったが、その直後に弟子のただならぬ憔悴ぶりに気付く。
「何と言いますか……色々と規格外の人物でした……」
ファレンの口からユーリの生い立ち――公式設定――や為人を聞いたマガム教授は、ただただ唸るばかりであった。どうせ只者ではあるまいと思ってはいたが……まさかそこまでぶっ飛んだ生い立ちの少年であったとは……
「少し話してみたのですが、魔術については基本的な事もあまり知らないようでした。普段使っている魔法も、殆どが基本的なもののようです。……ただ……その基本が……神業レベルと言うか……」
作業に必死で会話から何かを探り出すなどという余裕は無かったのだが、それでも魔製石器の効能の話から、ギャンビットグリズリーやスラストボアを仕留めている事は訊き出せた。……走っている魔獣の足下に落とし穴を掘るなどと聞いた時には、聞き違いかと思ったのだが……
「愚直なまでに基本を繰り返した結果が、今の彼なのでしょう。廃村に子供一人では、他の土魔法を習おうにも手立てが無かったでしょうし……。少し上達すると、直ぐに目新しいものや使い勝手の良いものに飛び付きがちな自分を反省する、良い機会になりました」
「ふぅむ……それで、肝心の『魔製石器』とやらは、どうだった?」
「……言い訳でしかありませんが、慣れない作業ばかりだったので、使えるようなものは造れませんでした。ただ……あれは造るのに物凄い手間がかかるのは間違いありません。少なくとも量産は難しいと思います」
「ふむ……練度が上がればどうだね? その少年並みに熟練すれば、生産数を増やす事もできるのではないか?」
「まず、私が作業に熟練したとしても、彼の造るものに届くかどうかは自信がありません。そして熟練の度合いを別にして、あれは量産には向きません。作業員の人数を増やせば、あるいは成形までは何とかなるかもしれませんが、問題はその先の工程です。魔力を通して使う事を繰り返さないと、『魔製石器』にはならないようなのです」
「ほぅ……と、言う事は……」
「はい。魔術師やエルフのように自身で魔力を扱える者なら、『魔製石器』になる前の状態で購入して、じっくり育てる事もできるでしょうが、その場合は即座に使用する事はできません。また、魔力の乏しい者には育てられないという事になります」
「ふむ……アドン君は何と言っていた?」
「その欠点を認めても、なおかつ生産する価値が充分にあると」
「ふむ……どのみち一般民衆が求めるようなものではない。販売先を限って高値で捌くつもりか……」
「エルフたちには何か便宜を図るような事も、アドン氏は言っておいででしたが」
「まぁ……当面はエルフと魔術師だけに密かに捌くつもりだろう。あの『魔製石器』の特質を考えたら、その方が良いかもしれん」
「自分もそう思います。……ともかく、当分は教えを受けに日参するつもりです」
「あぁ。大変だろうが、宜しく頼む」