第五十五章 魔法使いの弟子 1.作業場にて(その1)
エムスの工房に行った翌日、ユーリはアドンの屋敷で客人を待っていた。
「……その方はアドンさんのお知り合いなんですか?」
「会った事は勿論あるが、正確に言えば私の恩師の弟子なのだよ。魔術の力量と為人は恩師が保証してくれている。……何しろ、ユーリ君ほどの力量を持つ土魔法使いというのを探すのが大変でね……」
アドンの言葉に妙な顔をするユーリ。塩辛山最底辺の自分を上回る魔術師など、そこらに幾らでもいそうなものではないか?
「……まぁ、その話は措くとして……既にこの件は、迂闊な者を引き込むわけにはいかない状況になっている。それはユーリ君もナガラから聞いているだろう?」
「あ、はい……」
ユーリの自覚の無さについては、既に関係各位の共通認識となっている。その件に突っ込むのは時間の無駄だとスルーしたアドンが口にしたのは、ユーリに会うべくはるばるやって来たエルフの男性ナガラの事であった。この件に関してはアドンの護衛を務めているという事で、アドンに付き従ってエンド村を訪れたナガラから、それはもう延々と切々と滔々と綿々と、いかにエルフたちが魔製石器を待ち望んでいるかの熱弁を聴かされる羽目になったのであった。
「そういうわけだから、身許の確かな事に加えて、万が一にも石器の作製に失敗する事の無い者を募る事になってね。私一人ではどうにも埒が明かないので、恩師の協力を仰いだのだよ。ちなみに恩師はこの国有数の魔導師でね、前にも話したように、機会があれば君に会いたいと言っておいでなのだが……」
「あ、はい。僕の方は構いません」
ユーリがそう答えたところでヘルマン執事が現れ、待ち人の到着を告げた。
・・・・・・・・
マガム教授の高弟にしてこの国有数の若手魔術師と目されるファレン。その彼が引き合わされたのは、十を幾つも超えていないだろうと思える子供であった。さすがに驚きはしたものの、育ちの良さから丁寧な態度を崩さないファレン。何しろマガムとアドンからは、くれぐれも不躾な真似はしないようにと太い釘を刺されている。それに子供とは言え、一時的とは言え、仮にも指導を受ける相手なのだ。
「……お初にお目にかかります。自分はマガム教授の弟子で、ファレンといいます。此の度は土魔法による石器の作製をご指導戴くようにと言いつかって参りました。どうかよろしくお願いします」
マガムがファレンを推挙した理由の一つが、この礼儀正しさである。元々魔術師は実力がものを言う職種であり、年齢や出自に重きを置く者は少ない。そんな魔術師の中にあって一際礼儀正しく、目下年下の相手にもきちんと礼を尽くせる――この点は彼の育ちの良さが奏功しているらしい――という事で、ユーリ相手にも不躾な振る舞いに及ぶ事は無いだろうと思われたのである。
「これはご丁寧なご挨拶、痛み入ります。僕はご覧のとおりの若輩者、魔術師の方に指導などとは烏滸の振る舞いとお思いでしょうが、しばしのお付き合いをお願いします。また、田舎者の事ゆえお気に障る振る舞いもあろうかと思いますが、何卒ご寛恕の程をお願いします」
そんなファレンであったが、子供とは思えぬ丁寧な挨拶を返されるに及んで、毒気を抜かれたような思いであった。
「あ、あぁ……こちらこそ宜しく……」
どうも、見た目で判断してはいけない相手らしい。恩師からもそう言われては来たが……これは一筋縄では量れない相手のようだ。
「それでは、早速ですが……」
「あぁ、はい、宜しく」
「作業についてはこちらの部屋を使ってくれたまえ」
アドンに案内された部屋で、用意された材料を――一言断って――【鑑定】してみるファレン。その結果は……何の変哲も無い土であった。
「色々試してみたんですけど、地表に露出している土でないと、魔力の馴染みが悪いんですよね」
「あぁそれは、普段から魔素に接しているかいないかの違いでしょう」
ここフォア世界では、魔力への親和性は魔素に触れた期間の長さに比例する。地中深くに堆積していた鉱物や粘土などは、大気中の魔素に触れる機会が減るため、その分だけ魔力に馴染みにくい。鉄に代表される金属器の多くが魔力に馴染まないのは、これが一因となっている。その一方で普通の表土は、普段から魔素を含んだ空気に触れているため魔力への親和性は高く、その土で作ったナイフも魔力を通した時の切れ味が良いという事になる。
――というような事を説明されて、なるほどと色々腑に落ちるユーリ。そんな仕組みがあったとはついぞ知らなかった。さすがに本職は違うものだと感心する事頻りである。対してファレンの方は戸惑いを禁じ得なかった。こんな初歩的な事も知らないで、魔製石器などという代物を造れたというのか?
……しかし、そんな思いもすぐに吹っ飛ぶ事になった。
「じゃあ、始めましょうか。魔力だけを使って、土を綺麗に磨り潰して下さい」
「……はい?」