第五十四章 紙の国 2.紙製品あれこれ査問会
アドンの屋敷に帰り着いたユーリを待っていたのは、事情聴取という名の証人喚問であった。査問を受ける証人はユーリ、質問者はアドンをはじめオーデル老人、ヘルマンド執事、それに料理長のマンドである。
「あの~……これは……?」
「何、ユーリ君は紙の使い方を色々と知っていそうだからね。その一端なりとも教えてもらいたいと思っただけだよ」
にこやかに答えるアドンであるが、その視線の奥には〝絶対逃がさない〟という決意のようなものが見え隠れしている。ここは当たり障りのない知識を差し支えない程度に吐き出して、さっさと逃げ出した方がいい。そう腹を括ったユーリは、無邪気な表情を装って答える。
「そう言われても……僕も祖父から聞いただけですから……」
そう前置きして、ユーリは前世日本での紙の使用例を幾つか挙げていく。さすがに紙幣やら証明書のようなものについては黙りを決め込んでいるが。
「……ふぅむ……紙の工芸品ね……」
最初に例に挙げたのは紙工芸。張り子や切り紙、ペーパークラフトから始まって、扇や団扇について説明してみたが、実物が無いため今一つ理解できないようだった。尤も、これは仕方のない事でもあった。
例によってユーリはとんと気付いていなかったが、この国における絵画とは木の板、もしくは木枠に張った布製のキャンパスに描く事が主流であり、紙の上に絵を描くという試みはまだなされていなかったのである。アドンも興味は抱いたものの、それが受け容れられるか、売れるかどうかが今一つ読めなかったため、商人としては手を出しかねたようだ。
続いてユーリが持ち出したのが包装紙、およびロゴ入りの手提げ袋であった。これにはアドンが興味を示したものの、量産のコストがかかり過ぎるという理由で却下となった。前世の日本とは違い、こちらの世界ではまだまだ紙は贅沢品なのだ。
トイレットペーパーやティッシュペーパーのような消耗品は、まだこちらの世界の国情には合わないだろう。そうすると、他に何があるだろうか。
ユーリが思い付いたのはコーヒーフィルターやティーバッグ、そこから連想して紙コップや紙皿、紙鍋といった台所用品であった。
「紙鍋?」
「……紙で作った鍋という事かの?」
「いやいやユーリ坊、いくら何でも、紙っぺらで鍋なんか作れねぇだろ?」
「いえ、防水さえしっかりしてれば大丈夫ですよ? 水は沸騰し始めるとそれ以上温度が上がらないんです……上がらないそうなんですけど、紙が発火する温度はそれより高いんですよ。なので容器に水が入っている間は、火に掛けても紙は燃えませんから」
疑わしげな表情の大人たちに、丈夫な紙を折ってコップのようなものを作り、水を入れて火に掛ける実験を実演する。多少の水漏れはあったものの、紙コップが燃えせずに中の水が沸騰したのを見て、あんぐりと口を開ける大人一同。我に返ってユーリに食い付いたのは、またしてもアドンであった。
「ユーリ君! これは……この紙鍋というのは、簡単に作れるのかね!?」
「え? ……さぁ、僕もそこまでは……ただ、基本的には水が漏らないようにした紙の容器でしかないですから……」
それほど面倒なものとも思われないが、アドンが斯くも勢いよく食い付いた理由が、ユーリには今一つ判らない。それは他の面々も同じであったと見えて、オーデル老人がアドンに問い質す。
「……のぅ、何をそんなに興奮しておるんじゃ? 確かに面白い道具ではあるじゃろうが、所詮は紙じゃぞ? 精々一回こっきりしか使えんのではないか?」
オーデル老人はちらりとユーリに視線で訊ね、ユーリも頷いて肯定する。しかし、アドンの狙いは全く別のところにあった。