第三章 明日のために 6.武器の準備
衣食住の一通りについて検討を終えたユーリであったが、最後に武器について検討する事にした。切っ掛けとなったのは先日のイノシシ……マッダーボアとの戦いである。突発的な遭遇戦であったために充分な準備もできていなかったので、序盤は無様にも狼狽える羽目になっていた。
ユーリなりに考えた結果、手元に武器が無かったのがその一因であろうと結論づけていた。何しろあの時手に持っていたのは、植物採集用の根掘り一丁。見かけは短剣に似ていなくもないが、武器として使えるような代物ではない。根掘りを剣鉈に持ち替えてからは、少しだけ心の余裕もできていた。
それらを踏まえると、何らかの武器を常時携帯するようにしておく必要があるだろう。それもできたら長柄のものが好い。巨大な魔獣を斃すのに、一々接近しなくてはならないというのは心臓に悪い。
「……けどなぁ……」
しかし、ユーリの前には大きな問題が立ちはだかっていた。
「材料となる鉄が無いんだよなぁ……」
そう。この廃村の先住者たちが、離村に当たって使えそうなものを根刮ぎ持ち去ったため、ここには資源が絶対的に不足している。中でも金属資源などは、ほとんど無いのが実情である。壊れた鍋釜や折れた庖丁を、土魔法でどうにか補修して使っているのが現状なのだ。
「ラノベとかじゃ、土魔法で簡単に鉄やら何やら取り出してたんだけどなぁ……」
この世界、そこまで甘くはないらしい。
この世界の土魔法は、土という混合物を混合物のまま流動・変形・硬化させる事には秀でている。その反面で、例えば酸化鉄から酸素を抜いて鉄に変えるなど、元素の追加や除去による物質の変化は不得手であった。それは錬金術の領分である。
例えば、仮に酸化鉄を含む赤土を得たとして、そこから酸化鉄を選り分けるくらいならできなくはないだろうが、それを還元して鉄にするのは、況して適量の炭素を追加して鋼に精錬するのは、土魔法だけでは難しい。
つまり現実問題として、ユーリが土魔法で鋼鉄を作り出す事は、少なくとも現状では不可能と言ってよい――レベルが上がれば解らないが。
「そうなると……今ある鉄は大事に使わなきゃだし……土魔法で石材擬きを作り出して、それで武器を作るしか無いか……」
斯くの如き仕儀を以て、ユーリが常用する武器は、土魔法で作製した槍のようなものと、同じく土魔法で作り出した短剣のようなものと決まった。
何度も試作と改良を繰り返した結果、できる限り混入物を除いて細かくした土で作製する事で、完成品の強度を高められる事が判明し、武器だけでなく包丁や鎌なども土魔法で造る事になった。ちなみに、土を耕すのは土魔法でやるため、鋤や鍬などの農具は造っていない。
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そうやって何度も土魔法由来の刃物や道具を造っては使っているうちに、ユーリはある事に気が付いた。
「う~ん……魔力を通して使うと、少しだけ硬度が上がるみたいだな」
ユーリが土魔法で作った刃物は、魔力の通りが良いというのか馴染み易いというのか、魔力を通してやる事で、強度と切れ味を高める事ができた。
「鉄ではそんな事は無いみたいだし……土魔法で作った刃物の特徴かな?」
――少し、違う。
ユーリは一般的な事のように思っているが、これはユーリが作った「石器」――この場合は「魔製石器」になるのか?――だけの特性であった。
と言うか、庖丁の代わりが務まるような代物を土魔法で作り上げるなど……普通の土魔法持ちなら、そんな事に血道を上げたりはしない。普通に鉄器を求めれば済む事だ。
ユーリがそれをしなかったのは、偏にそれができない特殊な環境にいたためなのだが、結果としてユーリの土魔法をこれ以上無いほどに磨き上げ、洗練する事になっていた。
自分が土魔法で作ったものが、後に「幻の石剣」扱いされる事など、この時のユーリに判ろう筈も無かった。