第五十二章 子供の情景 2.独楽
エトに面子を渡した翌日、エトの姿を見かけたユーリが声を掛けようとしたのだが……何となく覇気が無い様子である。憮然とか悄然とかいうようなその様子を訝しんだユーリがエトを問い質すと……
「……え? 取り上げられちゃったの? 面子」
「はい……」
ユーリから貰った面子を抱えて浮き浮きと戻ったエトの様子を見咎めた兄弟子たちに面子の遊び方を説明し、一緒に遊んだのはよかったが、熱中し過ぎて調理の準備に遅れ、揃ってマンドから雷と拳骨を落とされたのだという。ちなみに、兄弟子たちは中学生と高校生の年代であったらしい。
〝こんなもんに現を抜かしてんじゃねぇ!〟とばかりに取り上げられ、あわや破かれそうになったのを、ユーリからの贈り物であると必死に説明したために、何とか破かれる事だけは免れたらしいが、
「没収されちゃったんだ……」
「はい。そんで、昨夜仕事が終わってから、親方に謝って返してもらおうとしたんですけど……」
マンドの部屋を覗いたエトが目撃したのは……
「……親方と旦那様、それにヘルマンさんまで一緒になって……」
……熱い戦いを繰り広げていたらしい。とても返してくれなどと言い出せる雰囲気ではなかったそうである。
「あ~……」
ユーリとしてもかける言葉が無い。
遊びに熱中して仕事に遅れたのは善くないが、エトはまだ小学生相当の子供なのだ。それとも、この世界では仕事に就いた以上、年齢など関係無く扱われるのだろうか? ……いや、恐らく問題なのは、エトの兄弟子たち――中高生相当――までもが面子に熱中して、仕事を疎かにした事だろう。エトはその原因を作った事を咎められているわけだ。ただ……面子の没収までは仕方のない事だとしても……没収した当人までが面子遊びに夢中になっているのは如何なものか。聞けばマンドだけでなく、アドンやヘルマンまで片棒を担いでいるらしい……
どうしたものかと思案に暮れたユーリは、とりあえず悄気るエトを慰める事から始める事にした。
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「……ユーリ様、何ですか? これ」
「独楽だよ? 見た事無かった?」
「え? これ、独楽なんですか?」
ユーリがマジックバッグから――その実は【収納】から――取り出したのは独楽であった。紐を巻き付けてそれを引く事で回す、所謂「投げ独楽」と呼ばれるタイプの木製の独楽である。
この独楽、実はユーリが作った石臼とワイン棚が契機となって生まれたものである。……と言っても、これだけでは何の事やら解らないであろうから説明を加えると、切っ掛けの一つは強化パーティクルボードでワイン棚を作った事であった。
強化パーティクルボードの使い途が他に無いかと考えていたユーリが視線を巡らせた先にあったのが、ワイン棚に先んじて豆腐作製のために拵えた石臼。臼の取っ手くらいなら作れるかなと考えていたところで、石臼の形状から轆轤を連想。思い付いたが吉日とばかりに、その場で――パーティクルボードとは無関係に――轆轤を作ってしまったのである。……この時点で、轆轤で何かを作る予定など微塵も無かったにも拘わらず。
ともあれ、折角作ったんだからと、端材を材料に轆轤挽きに挑戦。ローレンセンで買っておいた槍鉋を用いて幾つかの木椀などを挽いたのだが、その時ついでに独楽も幾つか作っておいたのである。無論、こんな真似をしたのは【木工】スキル狙いであったのだが、一向にスキルが解放されない事に涙を呑んだのはここだけの話である。
ともあれ、そういう次第で作った独楽の一つをエトに渡したのだが……実は、この国では「投げ独楽」は知られていなかったのであった。
「そうだよ……って、エトの知ってる独楽は違うの?」
「おいらの知ってる独楽は、もっと小っちゃくて、こう、指で捻って回すようなやつです。ダグとかシカの実で作るような」
「あ~……『捻り独楽』ってやつかぁ~」
どうやらこの国の一般的な独楽というのは「捻り独楽」らしい。そうと察したユーリが、紐を取り出して独楽に巻き付けて見せる。
「能く見といてね。こうやって紐を巻き付けて、紐の端っこをこう指に引っ掛けて……そらっ!」
「ぅおっ! 凄ぇ!」
「まだまだ! 独楽の面白さはこれからだよ!」
言うが早いかユーリはもう一つ独楽を取り出し、手早く紐を巻き付けると、先に廻っている独楽目掛けて投げ付ける。
「うぉぉっ!」
「こうやって独楽をぶつけ合って、弾き飛ばされた方が負けなんだよ」
「凄ぇ! ユーリ様、おいらにもやらせて下さい!」
「うん、いいよ。けど、今度は遊び過ぎて取り上げられないようにね?」
「はいっ!」
元気良く返事をしたエトであったが……
「ユーリ君、それは、誰に、何を、かな?」
ギ・ギ・ギ……という擬音が聞こえてきそうな様子で振り向いた二人の目に映ったのは、炯々爛々と目を輝かせているアドンたちの姿であった。
――合掌。