第五十二章 子供の情景 1.面子
ユーリたちがアドンの屋敷に着いた時、久しぶりの再会をサヤとセナの姉妹は喜んでくれた。……が、それ以上にお土産の人形の方を喜んでくれた。姉のサヤとてまだ十やそこら、日本なら小学校に通っている歳である。……まぁ、そういうユーリもまだ小学校を卒業してはいない歳なのだが。それでも中身おっさんを自認しているユーリとしては、サヤとセナの反応は予想の範囲であり、別に淋しいとか複雑なとかいう感興は覚えなかった。
――失敗したなと思ったのは別の点である。
サヤとセナが人形を貰って嬉しそうなのをニコニコと見ていたエトの目に、ほんの少しだけ羨ましそうな色が過ぎったのに気付いたのである。考えてみればエトもまだ十一歳。やはり小学生と同じ年代なのであった。
(……失敗したな。エトの事はころっと忘れてたよ。なまじにしっかり者という印象を持っていたのが裏目に出たんだな……)
エト本人が気にしていない素振りをしているので、その場はユーリも何も言わずに引き下がったものの、やはりこのままというのは宜しくないだろうという結論に至る。自室――アドンから与えられた客間――に引き取った後で、何か無いかと懸命に【収納】を探していたユーリであったが……
(あ……厚紙が残ってたけど、これってただの紙だしな。これだけじゃ何にも……いやっ!)
何やら閃いた様子のユーリが厚紙を二枚重ねて――魔法で――接着し、かなり丈夫な厚紙を作製する。それを手早く切り分けると、同じ大きさの厚紙のカードが複数出来上がった。続いて今度は別の紙――昨年購入しておいた中級紙――と鋏を取り出すと、手慣れた様子で何やら切り出していく。
実は、切り紙はユーリの特技の一つであった。入院生活の長かったユーリは、無聊を慰めるための技術をあれこれと覚えていたが、切り紙はその一つであった。同じ病院に入院している患児たちにも好評であったので、看護師たちに頼まれてしばしば様々な切り紙を作っていたのである。お蔭で巨大ロボットやら戦闘機やらお姫様やら……子供向きの絵柄にはすっかり通暁する事になった。……一度など、「ロボットの泥鰌掬い」なる珍品を作らされた事もある。
そんなユーリが今切り出したのは、馬に跨った騎士の姿である。この世界の騎士がどういうものかは知らないが、ここがかつてのヨーロッパに近い世界なら、そうかけ離れた格好でもない筈だ。
そうやって作った切り紙――厚紙のカードに丁度収まる程度の大きさ――をカードの上に置いて、構図を確かめる。問題無いと判断したところで一旦切り紙を取り除けると、続いて取り出したのは染色の魔道具であった。
これは昨年ローレンセンに来た折りに買い求めたもので、元々はハンカチを綺麗に染めるという、甚だニッチな目的のために作られた代物であった。ただ、購入後にユーリが確かめたところ、紙を染めるのにも問題無く使える事が判っている。
その魔道具を使って、ユーリはカードの数枚を表面だけ染めていく。斑もなく綺麗に染め上がり、染料もキチンと乾いたのを確かめると、切り紙をその上に乗せてから、再び別の色に染めていく……。そう、ユーリは切り紙をマスキングに使ったのである。しばらく待って切り紙を取り除けると……
「よしっ、成功!」
着彩された背景に、影絵風に騎士の姿が描かれたカードの出来上がりである。
「この調子でどんどん作っていこう。次の絵柄は……ドラゴンなんてどうかな。あ、でも、こちらのドラゴンがどんな形なのか知らないし……狼とか虎とかの方が無難かな。もしくは剣と盾の図柄とか……」
すっかり調子に乗ったユーリは、心ゆくまでカードの量産に励むのであった。
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「……え? これをおいらにですか?」
「うん。昨日は少しバタバタしててその暇が無かったから」
翌朝、ユーリはエトを呼び出すと、昨夜作ったカードを渡していた。
「すっげぇ綺麗な札ですね」
一枚一枚確かめるように、矯めつ眇めつカードを眺めるエト。ひょっとしてコレクター気質でもあるのだろうか。
「うん。でもこれ、見て楽しむだけのものじゃないんだよ。ちょっと貸して」
ユーリは数枚のカードを床にばら撒くと、手に持った一枚の札を勢いよく床に叩き付ける。カードは音を立てて床にぶつかり、その際の風圧でカードの一枚が裏返った。
「こうやって、ひっくり返した札を取り合っていくんだよ」
「ユーリ様! 今度はおいらにやらせて下さい!」
そう。ユーリが作ったのは面子。地方によってはパッチとかパッチンとか呼ばれる、子供用の遊具であった。
「やった事、無かった?」
「初めてです! こんな面白いもの。ユーリ様のお国の遊びなんですか?」
「うん。こんなもので悪いけど、受け取ってもらえる?」
「はい! ありがとうございます!」
内心密かに胸を撫で下ろすユーリであったが、この世界に面子遊びを持ち込んだのかもしれないという事には気付いていない……もしくは、気にしていないのであった。
と言うわけで、面子の読みは「メンツ」ではなく「めんこ」でした。