幕 間 アドンとオーデル老人
ユーリたちの一行が無事ローレンセンに着いた夜、オーデル老人は旧友アドンの私室で酒を飲み交わしていた。
「ユーリ君の作物の件で、何やら言いたそうにしておったな?」
オーデル老人が切り出したのは、エンド村での歓迎会の晩、アドンがオーデル老人に送った目配せの事であった。
「まだはっきりしない部分があるので、言うべきかどうか迷ったのだが……」
「ふむ? 何ぞ問題でもあったのか?」
「問題は無い。……いや、ある意味では問題有りというべきなのかもしれんが……」
妙に煮え切らない様子のアドンに、オーデル老人が無言で話の続きを促す。
「……ユーリ君から仕入れている食材の事なんだ」
「おぉ……そう言えば……他所に流す前に、お主のところで効果を調べるとか言うておったな。どうなった?」
「……家内の様子で何か気付いた事は?」
「奥方の? そう言えば、気のせいか若返ったような気も……おい、まさか……」
血相変えて詰め寄るオーデル老人に、アドンは力無く頷いた。
「その、まさかだ。健康に悪い影響など一切無かった。……美容と健康に良い影響があっただけだ。……ちなみに、私もここ数年来の肩凝りと腰痛が改善している」
旧友の思いがけないカミングアウトに、ただ唸るばかりのオーデル老人。効果そのものは結構なのだろうが、これが表沙汰になった時の事を考えると……
「奥方たちがユーリ君を、前回に倍して大歓迎しておったように見えたのは……そういうわけじゃったか……」
――予想以上の歓待を受けて、ユーリの方は戸惑っていたようだが。
「屋敷の者には、これに関しては一切の他言を禁じると厳命してある。……あるのだが……」
「奥方や娘御があの様子で出歩いておるのなら、そんな禁令は無意味じゃろう」
ばっさりと喝破するオーデル老人に、アドンも力無く頷くしか無い。
「……その通りだ。既にあちこちから質問が殺到しているらしい。今のところは笑って誤魔化しておるとの事だが……」
「……何れ誤魔化せぬ相手が出てきそうじゃな。その時の事を考えておいた方が良いぞ」
「うむ……。原因は……やはりユーリ君なのかな?」
「ユーリ君の仕業も無論あるじゃろうが、塩辛山という立地条件も忘れるわけにはいかんぞ? ただでさえ山は魔力が濃い場所じゃ。況してそれが塩辛山ときては……」
「あぁ……それもあった……いや、と言うより、それを理由とすべきなのか」
「うむ。……個人的にはユーリ君が何ぞやらかしたんじゃろうと思うが……」
「……ギャンビットグリズリーの骨をスープの出汁に使おうとするような子供だからなぁ……」
〝ギャンビットグリズリー〟の名前が出たところで、オーデル老人は思い出したくもない事を思い出した。正直言って気は進まないのだが、こういう事情になった以上、話しておいた方が良いのかもしれない。
「……お主に話すのは気が進まんのじゃが……」
「……何だ? またぞろユーリ君が何かしでかしたのか……?」
〝気が進まない〟原因がユーリにあると決めてかかるのもどうかと思うが、過去の経験から学べばそういう事になるのである。
「うむ。……先日ユーリ君から、畑に与える肥料としては、骨も重要なのじゃと教えられてのう……」
「骨? ……おぃ……まさか……」
「ユーリ君は何も言わなんだし、儂も敢えては聞かなんだが……つまりはそういう事じゃろうよ」
「何て事だ……」
素材の段階で金貨が動くようなギャンビットグリズリーの骨。それを骨粉として与えられていたのだとすると、あの作物の高品質も納得できる。
「……そうなると……これは買い取り価格が間違っていたという事なのか?」
「じゃがな……金貨数枚分以上の肥料を与えられた作物など、お主、値が付けられるか? しかもユーリ君にしてみれば、単なる廃物利用なのじゃぞ?」
「廃物……」
マガム教授辺りが聞いたら卒倒しかねない台詞を耳にして、やはりこの事は黙っておこうと決意するアドン。しかしそうなると、ユーリの作物の効果を触れ廻っているような女性陣の現状をどうにかしなくてはいけないのだが……
「食べるのを中止するとか、普通の作物と混ぜて食べるとか、そういう事はできんのか?」
オーデル老人の素朴な問いかけに返ってきたのは、肩を落としたアドンの溜息であった。
「私がそれを考えなかったと思うか? ……家内と娘たちの断固たる拒否に遭ったよ」
「むぅ……」
オーデル老人とて、昨日や今日生まれたばかりの世間知らずではない。世の女性陣が美容にかける執念というものには気付いていた。なればこそ、一旦禁断の木の実を与えられた女性陣が、もはやそれを手放す気など無いだろうと、察しを付けるのは容易であった。
「今後ともユーリ君の作物を仕入れる事になりそうだ……」
「……そうか……」