第五十一章 殿様と私 6.骨と沈黙(その1)
領主との会見を無事に終えてローレンセンへの道をひた進むユーリたちであったが、心安らかに馬車に揺られてはいられない者も何名かいたようで、
「……ねぇユーリ君、ご領主様のお屋敷じゃ訊けなかったんだけど……」
「魔製骨器というのは何だね?」
「えーと……ですね」
確かめたくてウズウズしていたらしい面々に追及されたのであった。
面倒事になりそうな予感が一瞬脳裏をかすめたものの、別にいいかと考え直す。既に斑刃刀の事まで白状させられているのだ。アレに較べれば甲骨器など、何ほどの事があるというのだ。
それに何より、ユーリには使い途が思い付かない代物だ。カトラとダリア、アドン辺りの好感度でも稼げれば儲けものではないか。
……そう思っていたのはユーリだけだったらしい。
「いや……斑刃刀を基準に置くのがそもそも問題だろうが……」
「封印決定の案件だものね……」
「魔製骨器の方は隠しておく気は無いんだよな?」
「だったら、それなりの扱い方ってやつを考えなきゃだろう」
溜め息を吐きつつも額を寄せ合う一同を見て、ユーリは怪訝な表情である。単に骨を加工しただけのものではないか。何をそんなに騒いでいるのだ?
訝しげにキョトンとしているユーリを見て、一同は再び深い溜め息を漏らす。
「……おぃユーリ、魔獣の骨とか角とかで武器を作ろうって発想は、別にお前が最初ってわけじゃねぇからな?」
それはそうだろう――という事ぐらい、ユーリにも解る。石器と並んで甲骨器というのは、人類文明の曙から存在していた筈だ。
「……いや、そこまで遡る必要は無いんだけどな……」
「強い力や魔力を持つ魔獣に肖ろうとして、その素材を武器に使おうという試みは、前々からなされていたんだよ」
「けど……中々上手くいかなくてね」
「そうなんですか?」
確か前世で読んだラノベでは、魔獣の素材は様々な武器防具、果てはポーションの材料にまで引っ張りだこだったような記憶があるが?
「細工や調薬の素材としては申し分無いんだ。それと、革とかなら鎧の素材としても問題無い。だが、骨ってなぁ武器としてみると微妙でな」
言うまでも無い事だが、押し並べて甲骨器というものは石器より脆く、貫通力に劣るという欠点がある。利点と言えそうなものは、狩りをしている限り素材が恒常的に確保できるという事ぐらいだろうか。
では、魔獣の甲骨素材はどうなのかと言うと……
「確かに魔力を含んではいるんだけどね」
「下手に加工すると、肝心の属性魔力を失うのよ」
「古びた素材だと、最初から魔力が失われているしね」
「更に言えば、カラカラに乾いた骨は割れ易い。水に浸けて軟化させてから加工する必要があるわけだが……」
「そうすると、肝心の魔素が抜けちゃうのよ」
「調整した魔力水に浸して加工するらしいんだけど……秘伝だとかで、部外者には教えてもらえないのよね……」
ハーフエルフのカトラとダリア、それにエルフのナガラが口々に説明してくれるのだが……聞いているユーリには、〝調整した魔力水〟の件で思い当たる節があった。
(……多分だけど、等張液とか生理食塩水に浸けるんじゃないかな……)
……まぁ、軽はずみに口に出すと碌な事にならないくらいは解るので、口を拭って知らぬ振りを決め込むのであるが。
ちなみに、ユーリが加工に成功しているのは、神謹製の【収納】に保管していたため、品質の劣化が起きなかったせいらしい。
「――で、ユーリ君の言う『魔製骨器』とは、どういうものなんだね?」
「えーと……」
ユーリが試作したのはナイフと鏃、それに根付の類であるが、ユーリは弓を使わないので、鏃の効果はまだ確認していない。根付には属性によって異なる護符のような効果が付くし、ナイフの類は――
「……魔製石器に較べると衝撃に弱いが、その代わり軽くて水に浮く。何より、元になった魔獣の属性を帯びる――か……」
「一長一短って感じなんですよね」
「石器とは違って、最初から魔力の属性が固定しているんだな」
「魔力の無い者や弱い者はどうなんだ?」
「どうでしょう……そこまでは確認していません」
「使用者の魔力属性が骨器のそれと違う場合は?」
「さぁ……態々違う属性の魔力を流した場合の比較まではしなかったので」
〝お前が持ってるのは水魔法と土魔法だけじゃなかったのか!?〟――と、火属性と土属性の魔製骨器を手にしたユーリに大声で突っ込みたくなるのをぐっと堪える一同。今はユーリを追及するよりも、魔製骨器の性質を把握するのが先決だ。