第五十一章 殿様と私 5.謁見を終えて
「どうにか失礼をせずに切り抜ける事ができました……」
ほぅっという感じで溜息を吐いたのはユーリ。ダーレン男爵の許を辞して、ローレンセンへと向かう馬車の中である。
「男爵様は度量の広いお方じゃでな。不慣れゆえの失敗くらいなら大目に見て下さる。尤も、それを抜きにしても、ユーリ君の挨拶は立派じゃったよ」
「それなら良いんですけど……」
一応、前世から通算すると五十年近い対人経験があるとは言え、貴族の相手などした事が無い。下手な応対をして首でも刎ねられたら堪らないと、内心で戦々恐々としていたのである。
「ユーリ君の献上品も喜んでもらえたではないかね」
「はい。皆さんのお蔭です」
「まぁ……結構頭を使ったからなぁ……」
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引き籠もりが領主に面会――などという難度の高いクエストを持ちかけられたユーリが真っ先に考えたのが、領主の歓心を買うために手土産を持って行くべきだろうという事であった。子供の考える事ではないと言われたが、不興を買うのを回避するためなら、小賢しい真似の一つや二つ、臆するものではない。
アドンやオーデル老人にしても、ユーリの不安は解らないでもないので、手土産を持参する事自体にいちゃもんを付ける気は無い。……一家言持ちたいのは、何を手土産にするかである。
〝ユーリ、最初に言っておくが、手作りの品は全て不許可だからな〟
〝え~?〟
議論の余地など無いとばかりに言い放ったクドルに、アドンやオーデル老人は言うに及ばず、その他の面々もウンウンと頷いている。魔製石器だの斑刃刀だのといった危険物を陸続と生み出してきたユーリである。この方面の事に関する信頼など微塵も無かった。ユーリの抗議は却下である。
〝……けど、加工品が駄目ってなったら、献上するものが無くなっちゃうんですけど〟
〝作物か素材。それに限定するべきだろうね〟
〝それも、俺たちが事前に検閲してからだ〟
〝塩辛山の魔獣素材とか、不用意に出さない方が良いわよね〟
何も手を加えない原料材料をゴロンと出すなど、領主相手に礼を失した行為ではなかろうかと思うユーリであったが、皆は口を揃えて自重を叫んでいる。ユーリとしても頷くしか無い。
〝けど、素材って言っても何を出せばいいんです? ローゼッドとかですか?〟
〝……それは止めておいた方が賢明だろう〟
出所を詮索されたら面倒だというアドンの忠告に従って、ローゼッドの心材を候補から外すユーリ。となると、魔獣の素材とかだろうか。評判の良かったルッカの素材などはどうだろうかと提案してみたのだが……
〝……大事になるから止めとけ〟
クドルに却下される運びとなった。そして、それだけではなく……
〝ユーリ君、先に言っておくけど、ギャンビットグリズリーの毛皮とか内臓とかも、止した方がいいわよ?〟
〝戦闘技能は隠しておく事になってたろ?〟
続けざまに駄目出しを喰らったユーリ、苦し紛れに魔製骨器はどうかと口走ったが、
〝製作物は不可だってんだろうが。……カトラ、ダリア、追及するのは後にしとけ。ナガラ、お前もだ〟
クドルにバッサリと切って捨てられた。
〝……無難なところで、木蜜・岩塩・魔石辺りでよいのではないかね〟
収拾が付かぬと見て取ったオーデル老人が割って入る。
〝……魔石は無難ですか?〟
疑い深そうに言うクドルであったが、
〝他の代物に較べたら、インパクトは小さいじゃろう〟
そう面と向かって言われると、中々に反論しづらいものがあった。
ユーリの力量がばれるのではないかとの指摘もあったが、これに対しては今更だろうとの答えが返ってきた。
〝いえ……ひょっとすると、ユーリの武勇伝はご領主の耳には届いてないんじゃないかと。ローレンセンからダレンセンは結構な距離がありますし〟
〝時間の問題じゃろう。ここで出し惜しみする方が拙くはないかの?〟
〝そう言われると……〟
〝ユーリ君。そもそも魔石を持っているのかね?〟
――持ってはいる。
魔獣を斃せば例外無く手に入る上に、使い途が能く判らなかったために持て余していたのだ。現在は自動小銃――と言うか、魔導小銃――の弾丸に使用するため在庫が減っているが、領主への手土産にする分くらいは捻り出せる。
〝ありますけど……何の魔石が良いんですか? 属性とか?〟
ユーリに悪気は一切無い。無いのだが……提供する魔石を「選ぶ」余裕がある事を、こうもあっけらかんとカミングアウトされると、標準的な冒険者としては、少しばかり凹みたくもなろうというものだ。
〝……魔石なら何でも構わな――あ、いや待て。あまり馬鹿でかいのは止めておけ〟
〝え~……仮にも領主様に、ちっぽけな魔石なんか献上するのは……〟
〝いいから俺たちの言うとおりにしとけ。面倒事に巻き込まれたくないのならな〟
〝……はい……〟
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――というような遣り取りがあって、オーデル老人が提案した品々を領主に献上したのである。品目としてはそう珍しくはないが、品質の点では他と一線を画すそれらの品々に、何も知らない領主はいたくご満悦であった。