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第五十一章 殿様と私 4.相談

「……ユーリ君の()(もと)については別途考える事にして……今回君に来てもらったのは、少し相談に乗ってもらえないかと思ってね」



 〝異国の貴族かもしれない子供〟なんて地雷案件、一介の地方領主だけでどうこうできるものか。国王府との折衝と相談が不可欠だ――と、ダーレン男爵は内心で思案していた。……事を大きくしたくないユーリの願いとは裏腹に。

 そんな事とはつゆ思わぬユーリは、(かしこ)まった様子で男爵に答える。



「閣下の思し召しとあらば、否やとは申しませんが……僕のような子供にできる事でしょうか?」



 暗に〝子供に無理難題を振るんじゃない〟と言っているのだが、そこで大人しく引き下がるほどダーレン男爵も初心(うぶ)ではない。領主とは綺麗事だけではやっていけない立場なのだ。



「何、数々の知恵を見せてきたユーリ君なら、きっとできると見込んでの事だ」



 ユーリはちらりとオーデル老人に視線を巡らすが、老人からの視線に籠められた答は〝否!〟であった。ローレンセンでやらかした事や素材の件は、少なくともオーデル老人からは漏れてはいないらしい。

 (あん)(じょう)、ダーレン男爵からの相談というのは食糧についての事、そして、それと関連する食糧問題の事であった。



「はぁ……そういった事情でしたか……」



 現在この国(リヴァレーン)が遭遇している不作は、規模としてはそれほど深刻なものではない。ただ、国外からの食料輸入が乏しくなったため、それを補うべく農村に(いささ)かの負担がかかっている。リヴァレーン王国全体としても、国民が漠然とした危機感を抱くようになったところらしい。

 ダーレン男爵領について言えば、備蓄分まで他領に供給せざるを得なかったのが痛かったのだという。



「戦国の時代ならいざ知らず、今はどこの領地も、近隣との関係を無視してはやっていけないからね」

「解ります」



 占者(せんじゃ)が言うには、リヴァレーン王国の不作は来年には回復するかし始める見込み、ただし他国の状況までは不明なため、食糧供給については依然として予断が許されない――との事であるらしい。



「今年はユーリ君の教えが役に立ったし、来年は今年ほど追い詰められる事は無いだろう。――ただしだ、ユーリ君の救荒食糧についての知識は価値あるものだし、できれば領内に広めたいと思っている。と言うか、既にエンド村から有志を募って、領内の各村へ教えに廻ってもらっているのだがね」



 この件についてもエンド村で説明を受けている。既に事が動いている以上、男爵の言葉は現状の説明でしかない。



「そこでだ、ユーリ君の言葉を疑うわけではないが、今(しばら)くの間は自領で有効性の検証に努めたい。国内に周知させるタイミングについては、こちらの判断に任せてもらいたいというのが一つ」



 男爵の本音は、当分の間――利用の体系が確立するまでの間――は、この知識を独占しておきたい。それまでは(みだ)りに広めないでくれというものであろうが、これもユーリには妥当な要求のように思えた。

 仮にも領主である以上は、自領の事を第一に考えるのは当然である。(むし)ろ、そうでなければ領主として怠慢であると言える。色々と政治的な判断も必要だろう。ユーリとしても、会った事も無い他領の村人の事を気にかける必要も無い。


 その見かけとは裏腹に、人生の表も裏も相応に知っている元・去来笑(いさらい)有理(ゆうり)、享年三十七歳。



「ユーリ君は色々な商品をアドンに廻しているようだが、それについては今更口を出す気は無い。ただ、今後は農作物関係は、アドンより先にこちらに教えてほしい」



 さすがに領主だけの事はある。アドンの商会から売り出されたものの背後にユーリがいるのは勘付いていたようだ。鎌を掛けただけかもしれないが、今ここで領主相手に腹芸合戦を演じたところで、得るものは何も無い。そう考えたユーリは、黙って(うなず)くに留めておいた。

 その殊勝な態度を見て気を好くしたのか、男爵は自領にどんな作物が向いているのかと勢い込んで聞くのだが……



「……そう(おっしゃ)られても……僕が知ってるのは自分の村の事だけですし。ご領地の事は何も知りませんので……。僕の村と同じような立地であれば、少しはお役に立てると思いますけど」



 ……そんな物騒な立地の村は無い。

 早まったかと思う男爵であったが……



「とりあえず、ご領地内で役に立ちそうな作物や技術については、なるべくエンド村に下ろすようにします。そこで試してみて、使えそうだと判断されたものは領主様にお伝えするという事では? ……この場合、海のものとも山のものともつかぬ試験栽培を受け持つ事になるエンド村には、相応のご配慮をお願いしたいのですが……」



 控えめなユーリの提案を、男爵は妥当なものであると判断した。(もと)よりエンド村には色々と無理を押し付けているという自覚はある。何より、ユーリ少年の知識と技術、新規作物の実用化を受け持ってくれるのなら、それ相応の待遇があってしかるべきだろう。

 男爵が(うなず)いて承知の意を表したところで、オーデル老人の顔にほっとした表情が浮かぶ。ユーリはエンド村の事を気遣ってくれた。なら、今度はこちらが好意を示す番だろう。



「……恐れながら、お願い申し上げたい儀がございます」

「聞こう。何だ」

「はい、ユーリ君は現状身許を保証するものを持っておりません。(わし)やアドンが保証人となってはおりますが……」



 そこまで聞けば、男爵にもオーデル老人の言わんとする事は解る。



「解った。直ちにユーリ君の身分証明書を発行しよう」



 証明書が無いばかりに、流民扱いになどされては(たま)らない。


 これまでにも塩辛山に入った者は何人かいたが、全員が撤退の憂き目を見ている。そんな中で、塩辛山で五年以上も生活し、しかも数々の業績を上げているユーリは、男爵にとってみれば近来一番の有望株であり勝ち馬であったのである。


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