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第五十一章 殿様と私 3.身(み)拵(ごしら)え

 (とっ)(ぴょう)()も無い――ユーリの判断では妥当な――カミングアウトを聞かされたダーレン男爵は、改めて目の前の少年を見直した。そうすると、今まで()(かつ)にも見過ごしていたある事実に気付く――少年の来ている服が、見かけよりも遙かに上質であるという事に。

 その辺りの経緯(いきさつ)について少し説明しておくと、こういう事になる……



 まず最初に断っておくと、ユーリは男爵家を訪問するに当たって、その朝に衣服を改めていた。それまでは、丈夫さを前面に打ち出した毛織りのシャツとズボンに毛皮のジャケットという出で立ちであったのを、上等のシャツとズボン、毛織りのジャケットという服装に改めたのだ。ちなみに、ジャケットはティランボットの毛から(つむ)いで織った逸品である。ジャケットを見たアドンは何か言いたそうにしていたが、その場では何も追及してこなかった。……後でじっくり問い詰めるつもりらしい。


 話を戻すと、このシャツとズボンはユーリの自作ではなく、昨年ローレンセンで入手したものであった。平民の分を越えない範囲で礼儀に(かな)った服装という注文を服屋に出したところ、とある良家からの出物というシャツ――ポロシャツ風に襟の付いたもの――とズボンを勧められたのである。シャツの色はベージュで、ズボンの色は黒である。この色合いなら大抵の場合に間に合うとの触れ込みであった。

 見るからに上等のシャツとズボンが――品質からすれば――破格の安値で売られていたのはなぜかというと……両方とも今のユーリにピッタリのサイズ、言い換えると子供服であるため、持ち主が育ってサイズが合わなくなり下取りに出されたらしい。良家の出だけあって品質は充分以上との話であった。元・現代日本人であるユーリの感覚からしても、確かにフォーマルの場でも通用しそうな品質とデザインである。ただ……



〝ズボンと揃いの上着は無いんですか?〟

〝上着はサイズを直して着るとの事で、売ってもらえませんでした。どのみち貴族用の礼服なので、坊っちゃんが着るわけにはいきませんよ〟

〝寒い時にはどうすれば?〟

〝適当にマントでも引っかけておけば問題ありませんよ。真っ当なお偉方なら、平民にそこまでの事は期待しませんから〟



 ――という遣り取りがあって一応納得したユーリであったが、やはりジャケット無しの礼装というのは、元・現代日本人であるユーリからすれば、どこか間が抜けているように思える。第一、相手にも失礼ではないか。

 適当なものを買い足せばよかろうとオーデル老人は言ってくれたが、なまじシャツとズボンが上質なばかりに、どれを合わせても貫禄負けしてしまう。実はそのせいで売れなかったと服屋が白状したのだが、それでもこの機会を逃せば手に入りそうにないシャツとズボンであるため、ユーリは購入を決めていた。それに……ユーリには一つの目算があったのである。



(……ティランボットの毛は艶のある黒だし、あれを織った布で仕立てたら、そこまで位負けしないんじゃないかな……)



 というわけで、現在ユーリが一着に及んでいるのは、ティランボットの毛で織った袖無しのジャケットである。ジャケットのデザイン自体はフォーマルなもの――註.ユーリ基準――ではなく、どちらかと言えばヨーロッパの民族衣装風のデザインである。これなら貴族の物真似と(そし)られる事は無いだろうし、平民が精一杯に()(づくろ)いをした結果だと、温かい――もしくは生温かい――目で見てくれるだろう。ティランボットの毛織りなら防寒にも防刃にもそれなりの効果を持つし、ユーリとしては問題無いように思えた。なので自作を試みたのだが……



(スキルが解放されるのを当てにしてたんだけど……解放されたのはジャケットを縫い終わった後だもんなぁ……。お蔭で素人臭い仕上がりになっちゃったよ……)



 手遅れだとユーリはお冠だが、ティランボットの毛織りを縫製加工する事でスキルを身に着けたのだと考えれば、文句を言える筋合いではない。ユーリもそれは解っているのだが、今一つ納得できないものを感じているのも事実なのであった。

 ちなみに、ジャケットが袖無しになったのは、手持ちの毛皮から紡ぎ得た糸の量、()いては織り得た布の量が制限要因となったためである。



(まぁ、どうせ田舎者が精一杯着飾ったってとこだしね。大した違いは無いか)



 ユーリの感覚では、山育ちの田舎者が手織りのジャケットを着用しているだけなのだが……その「手作り品」がどれだけ贅沢な品なのかという点には、相変わらず気付いていないのであった。



 閑話休題。領主ダーレン男爵の視点に戻るとしよう。


 ダーレン男爵家は質実剛健な家風であるとは言え、そこは腐っても貴族家である。ユーリが着ているシャツとズボンが上質のものである事にも、そして――恐らくはどこかの貴族家から流れ出たものであろう事にも気付いた上で納得していた。


 ――納得できなかったのはジャケットである。



(……デザインと品質が釣り合っていない。デザイン自体は田舎風にも異国風にも見えるが……しかしあの艶やかさは……一体何でできているのだ?)



 生憎(あいにく)とローレンセンで起きたティランボットの一件は、ここダーレンセンにまでは聞こえていなかった。とは言え、ユーリが塩辛山に住み着いている事は聞いているので、恐らくはそこに産する素材から作ったものだろうというのは察しが付く。仕立てにもどことなく素人臭さが漂うようだ。だが、そんな素人臭さを吹き飛ばすだけの気品を、そのジャケットが放っているのも事実なのであった。そして……



(……一見したところ田舎風に見えるが、シャツとズボンに合うようにデザインされている。貴族向けと見えるシャツやズボンに伍して位負けしないというのは、これは素材の良さだけではないな。デザイン自体に質素ながらも気品がある。……ただの田舎者が作り出せる代物ではない。……異国の名家の出というのも、(あなが)ち絵空事とは言えんか……)

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― 新着の感想 ―
[一言] >ジャケットはティランボットの毛から紡つむいで織った逸品である 上等な布地なんてウールかシルクかカシミアとかいう単語くらいしか知らんので、 とりあえず「カシミア スーツ」で検索。 …カシ…
[一言] 「……後でじっくり問い詰めるつもりらしい」 この気持ちは、そんなに高級そうな材質を簡単に使ってしまうとユーリの価値が露見して、静かに暮らしていくことが困難になると心配しているのか、あるいは…
[一言] 勘違いのスクランブル交差点や~ww
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