第五十一章 殿様と私 2.名告り
ユーリをリラックスさせようという配慮なのか、案内されたのは比較的小ぢんまりとした部屋であった。ユーリの記憶にある部屋では、一番近いのが応接室であろう。部屋の中央に椅子とテーブルが設えてあり、領主ダーレン男爵は気安い様子で二人をそこへ誘った。
「掛けてくれたまえ。ユーリ君だったね?」
ユーリは立ったまま男爵に一礼すると、知る限りで最大限の敬意を払って、領主に対して名告りを上げた。
「閣下には初めて御意を得まして、光栄至極に存じます。塩辛山の片隅をお借りして雨露を凌がせてもらっております、ユーリ・サライと申す若輩者にございます。何卒お見知りおき下さいますよう」
……の・だ・が、何しろ貴族に対する挨拶の作法など、前世現世を通じて習った事が無い。必然的にラノベなどの場面を参考にする事になり、ここフォア世界の基準でみても大仰なものとなったのだが、ユーリの出自についてある程度の事を聞いていた領主は、異国風の作法なのだろうとそこはスルーしてくれた。
――スルーできなかったのは別の部分である。
「こ、これはご丁寧な挨拶、痛み入る……じゃなくて! ユーリ君は苗字持ちなのか!? 貴族なのかね!?」
今の今まで「ユーリ」という名前しか聞かされていなかったダーレン男爵は驚愕するが、驚愕しているのは男爵だけではない。付き添いとして同道していたオーデル老人にとっても寝耳に水のカミングアウトであったが、その一方で〝あぁ、やっぱり〟という思いがあったのも事実である。塩辛山に引き籠もっていてすら、二日に一遍は風呂に入らないと気持ちが悪い――などと豪語する子供なのだ。然るべき家柄の出身ではないかという想像ぐらいはつこうというもの。しかし……
「判りません」
「「判らない!?」」
男爵とオーデル老人が声を揃えたのを確認したユーリは、考えに考え抜いた嘘八百を開陳した。
「……ひょっとするとお聞き及びかもしれませんが、祖父は僕の出自については何一つ教えないままに亡くなりました。ただ一つ教えてもらったのは苗字と……あと、妄りに口にするなという事だけ。ですが、閣下に拝謁の栄を得ますに当たって、欺くような真似は失礼かと思い……」
……現在進行形で欺いておきながら、どの口で言うのか。
「ただ……祖父が教えてくれたと言っても、サライという家名は僕にとっては何の意味もありません。祖父はとうとう何も教えてくれずじまいでしたし、どうか閣下も単なる一平民として扱い下さいますよう」
――と、言われたところで、はぃそうですかと軽く扱うわけにはいかない。〝異国の貴族かもしれない子供〟など、外交的には地雷でしかない。下手に口封じなどするのも躊躇われるだろう……と言うのがユーリの狙いであった。
そもそもこの世界の領主という者は、軽く扱っていい存在ではない。治安・警察・裁判から徴税・立法までを職掌とする、小国の君主や嘗ての大名にも匹敵すべき存在である――という事を、神からの手紙と【鑑定】先生の説明で知っているユーリとしては、領主との対面など滅亡フラグにしか思えなかった。なので領主の動きを牽制すべく、こんな地雷設定をでっち上げたのである。
万一【鑑定】された場合に備えて――ただし今まで【鑑定】された事は無い――【ステータスボード】スキルによってステータス値を誤魔化していたユーリであったが、今回の設定修正に当たって改めてステータス画面を偽装し直している。[ ]で括った部分が隠された、あるいは本来のステータス値である。
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名前:ユーリ・サライ [去来笑 有理]
種族:人間[異世界人]
性別:男
年齢:七
魔 力:83 [350]
生命力:95 [190]
筋力値:52 [ 65]
防御値:37 [ 46]
敏捷値:36 [ 42]
器用値:37 [ 46]
知力値:40 [ 80]
スキル:【生活魔法】【察知 (Lv5) [(Lv7)]】【隠身 (Lv5) [(Lv7)]】【水魔法 (Lv4) [(Lv6)]】【土魔法 (Lv 4) [(Lv6)]】
[【言語 (究)】【鑑定 (Lv7)】【収納 (Lv6)】【光魔法 (Lv4)】【闇魔法 (Lv4)】【火魔法 (Lv4)】【風魔法 (Lv4)】【木魔法 (Lv4)】【探査 (Lv3)】]
[固有スキル:【ステータスボード】【田舎暮らし指南】]
[加護:神々の期待]
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自分の能力は近隣最底レベルと固く信じ込んでいるユーリであったが、これまでの会話の端々から、どうも一般人のステータスは塩辛山で生活できるレベルにはないらしいと薄々気付く事になった。そうすると、各ステータス値も少し見直した方が良いかもしれぬ。とは言え、修正し過ぎて塩辛山で生活できそうにないレベルに偽装してしまうと、今度はステータス値そのものの信憑性が疑われかねない。悩んだユーリはとりあえず二割ほど低い値を表示させておく事にしたが、問題は魔力と生命力である。これだけ三桁というのがどうにも気になって仕方がない。
――ここでユーリは、別の視点からアプローチする事を考えた。
まず魔力であるが、これは要するに魔法を行使するための力である。自分は【生活魔法】を除く七属性の魔法を持っている。このうちで保有をカミングアウトしているのは【水魔法】と【土魔法】だけ。なら、偽装すべき値もそれに応じたものにすればいいのではないか?
【水魔法】と【土魔法】のレベルは実際より少し下げた数値にしておいた。偽装レベルの合計値は8。実際に保有している魔法の合計レベルは32。この32という数値が実際の魔法レベル350に対応しているとするなら、偽装している8という値に対応する数値は比例計算から87.5。魔法以外のスキルもある事を考えると、80~85という値が妥当なところではないか。魔力に関係するらしい知力値も半分程度にしておこう。生命力は……これも暫定的に半分ほどに下げておこう。
【水魔法】と【土魔法】以外の魔法は非表示にしておいて、神から忠告されたユニークスキルと【言語 (究)】も非表示にする。ラノベでは【鑑定】と【収納】も物議を醸す事の多いスキルなので、これも非表示。ついでに【探査】も隠しておく。加護についても隠しておいた方が無難だろう。
塩辛山在住という境遇を考えるに、【察知】と【隠身】は持っていない方が不自然だろう。どうせクドルたちには知られているのだ。しかし、これもクドルたちからの助言を考慮して、レベルは少し低めに偽装しておく。
これで偽装は万全と自信満々のユーリであったが……ここフォア世界における魔術師の魔力の平均値が50、兵士やC級冒険者の生命力の平均値が70である事を知ったら、どう思っただろうか。