第五十一章 殿様と私 1.準備
ハンの宿場を出た翌日、ユーリたち一行はダレンセン、すなわちダーレン男爵領の領都に到着していた。ローレンセンに行くのなら寄り道になるが、今回は領主ダーレン男爵がユーリとの面会を希望しているのである。寄らないわけにはいかなかった。
「さすがに立派なお城ですね」
ユーリはいたく感心の体であるが、確かに田舎の男爵領には不釣り合いなほど重厚な城館であった。それというのもここダーレン男爵領は、魔獣の跋扈する大山塊に接していると同時に、その大山塊の間を抜けて隣国ゴーラへ至る間道の抑えとして設けられた要衝なのだ。魔獣の氾濫や隣国の侵攻を阻み、持ち堪えるだけの防御力が要求される。
なので優美だの豪華だのといった形容詞とはとことん無縁で、質実剛健にして武骨一辺倒な造りとなっている。正直、今の流行にはそぐわないのであるが、前世が日本人であるユーリの認識では、城とは本来そういうものだ。なので無骨なダーレン城を見て、素直に深く感心していた。
すっかり感心しているユーリにどうコメントすべきか判らなかったので、アドンたちは何も言わずに馬車を進めた。
門衛の前に進み出て名を名告り、領主に呼び出されて来た旨を告げる。ややあって城から迎えの者が出て来て、一行を城内へと迎え入れた。
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「えぇ……? 皆さんは一緒じゃないんですか?」
領主に会うのは自分とオーデル老人の二人だけ、他の者は控え室でお留守番と聞かされたユーリは、平生に似ず気弱な声で抗議する。しかし、残念な事に……
「それはそうじゃよ、ユーリ君。領主様が会いたがっているのはユーリ君なのじゃからして。儂は未成年であるユーリ君の付き添いじゃろう」
「えぇと……アドンさんは……?」
「私はそもそもここの領民ではないよ。ローレンセンの住人だからね」
「あれ……そうでしたっけ……?」
転生以来引き籠もり街道まっしぐらのユーリに、この国の地理など解る筈が無い。そもそも、昨年になって初めて塩辛山を下りたのだ。ユーリが知っている地名など、合わせても十指に足りぬだろう。
――という事を再認識して、領主との対面に不安を覚え始めるオーデル。ユーリの事情は手紙で報せておいたから、多少は大目に見てくれるだろうが……
そこはかとない不安に苛まれ始めたオーデルを尻目に、ユーリは救いを求めていく。
「だったらクドルさんたちは……」
「おぃおぃユーリ、しがない冒険者風情が領主様にお目通り願うなんて、無理に決まってるだろう」
「それ以前に、あたしたちはアドンさんの護衛だもの。雇い主の傍を離れるわけにはいかないわよ」
ならばとドナに視線を巡らせるが、彼女は逃げる気満々で、
「頑張ってね、ユーリ君」
――という激励の言葉を笑みとともに送って寄越した。
恨めしそうにドナを見ていると、部屋の扉が音もなく開き、
「ユーリ様、オーデル様、主人ダーレン男爵が会いたいと申しております」
執事らしい老人が運命を告げた。