第四十九章 名剣らしい~第二幕~ 3.家宝の誕生
「ね、ねぇ、ユーリ君、ちょっとだけ触らせてもらっても?」
「あ……はい……」
「カトラ嬢、触るのはともかく、この前のように触れ廻るのは勘弁してくれたまえよ?」
「あ……はい……」
言葉上は穏やかに、しかしきっぱりと釘を刺されて、浮ついていたカトラの気分も少しばかり沈降する。――が、期待に浮き立つ心を抑えるまではいかず、浮き浮きとユーリの鉄剣を手にとって……
「うわぁ……石剣ほどじゃないけど……手に馴染むわぁ……」
「どうなの? カトラ」
「うん……魔力の通りも良いし、少なくとも普通の鉄とは違って、嫌な感じはしない。純粋なエルフには石剣の方が好まれるかもしれないけど、あたしたちみたいなハーフエルフには、こっちの鉄剣を好む者もいそうよね」
ほぅほぅ――と、アドンは内心でほくそ笑む。石剣に続いて鉄剣まで新たに品書きに加わった。商人としては願ってもない事であり、この機会は是が非でも逃すわけにいかなかった。
ユーリの保護者を以て任じている事に偽りは無いが、アドンはそれ以前に商人である。ユーリの身に危険が迫るというのならまだしも、そうでないなら利益を追求するのは当然。そうやって力を蓄えていく事は、いずれユーリの身を守る事にも通じる筈だ。この世間知らずの少年が何れトラブルに巻き込まれるのは、ある意味で予定調和というものだろう。その時のためにも、こちらの鉄剣も自分の商会に扱わせてもらおう……と、頼み込もうとしたアドンの口の端に上ったその言葉は、正真正銘何の気無しに発せられたものであった。
「そう言えばユーリ君、造った鉄剣はこのタイプだけなのかね?」
「え……えぇと……」
思わず口籠もって目を逸らしたユーリの様子を見れば、何か隠している事は一目瞭然である。本当に隠し事のできない子だ。生前の去来笑有理享年三十七歳は、もう少し腹芸のできる人物であったが、こちらに来てからは身体年齢に引っ張られてか、少し幼児退行が進んでいるような気がする。
「……ユーリ君?」
「……ユーリ?」
「いえっ! 正確に言って! 鉄剣はそれ一振りだけです!」
「正確に言えば鉄ではない剣は?」
「……その……もう一振り……」
機微を逃さぬアドンの追及を躱す事ができず、ユーリは斑刃刀に加えて特殊鋼の件まで白状させられたのだが……
「……聞くんじゃなかったな……」
――というのが、思わず口を衝いて出たクドルの感想であった。
異国風の曲剣というだけでも面倒そうなのに、それに加えて特殊鋼だの積層鋼だの……表に出せない話が多過ぎる。何か怪しげな魔術を使って造ったようだが……それにしたって、限度というものがあっていいだろうに……
「だから……お見せしたくなかったんですよ……」
憮然と呟くユーリであったが、これは確かにアドンやクドルに非がある。が、まさかここまでぶっ飛んだ代物が出てくるとは思っていなかったのも事実である。商売のネタどころではない。下手をすると国際関係すら揺るがしかねない大問題であった。
「……ユーリ君……それは、ユーリ君の家に代々伝わってきた家宝なのよ。滅多な人に見せたら駄目よ?」
「はい?」
突然妙な事を言い出したダリアを、〝何言ってんの、この人〟という目で眺めたユーリであったが……
「……だな。きっとユーリの先祖が、どっかのダンジョンでめっけたアーティファクトに違ぇねぇ」
「……ユーリ君のお祖父様が故国を後にしたのも、そのアーティファクトを取り上げられようとしたからよね、きっと」
「うむ。今の時代に表に出すには、ちと危ない代物だ。恐らく祖父殿はそれを懸念したのだろう」
「はい? はい? はい?」
――自分でも解らないうちに、次から次へと明らかにされていく「祖父」の過去。
「……そうすると……鉄の剣の方は、家宝の剣の形だけ真似して造った……って事よね?」
「お、冴えてんな、カトラ。きっとそうに違ぇねぇぜ」
「――と、いう事だ。解ったな? ユーリ」
「……はい」
まだ出発前だというのに、何か疲れた気がする一同であった。