第四十八章 エンド村 6.魔製石器~使用者の声~(その2)
ローレンセンへ到着次第、なるべく早くにその人物と会ってほしいというアドンの頼みを、ユーリは快く了承した。ユーリにしてみれば、自分が引き起こした面倒を片付けてくれようという奇特な人物である。製造者責任の一端を果たすべく、できる限りの便宜は図るべきだとの思いがある。コツを指導するぐらい何の躊躇いもなかった。
……ちなみにその背景には、〝魔力底辺組の自分にできる事など、優秀な魔術師なら造作も無い筈〟――という不幸な思い込みがあったりするのだが……この時点でその事を問題にする者はいなかったのである。
「けどアドンさん、随分と期待されているみたいですけど、所詮は石器でしかありませんから、過度の期待を煽るような真似は……」
「あぁ、ユーリ君の懸念については、『幸運の足音』から聞いているよ」
ユーリの意識では、魔製石器は所詮石器――セラミック庖丁としてのイメージが強い。金属臭は無いから調理向けかもしれないが、鉄ほどの粘りは無いであろうから、何かの弾みで刃が欠けたり折れたりする危険性を無視できない。戦闘にはお奨めできないと思っていたのだが……
「ユーリ君に貰った魔製石器を『幸運の足音』に使ってもらい、定期的に【鑑定】で強度を調べてもらっているのだよ。それによると、魔獣との戦闘にもその解体にも大活躍で、折れるどころか刃毀れ一つしないそうだ。まぁ、これについては彼らから詳しく聞いてもらいたい」
アドンが目で合図すると、「幸運の足音」のリーダーを務めるクドルが一つ頷いて話を引き取った。
「アドンの旦那に言われて、機会がある度に使ってみたんだがな――」
……実は、それこそが魔製石器が人目を引く事になった一因でもあるのだが……そんな事情はクドルたちの知るところではない。
「――冒険者が普通に使う分には、切れ味も強度も問題無さそうな感じだな。毎回【鑑定】をかけて確かめているんだが、剛性が落ちたような感じもない。まぁ、普通のナイフよりちっと……いや、かなり軽いんで、その辺りの感覚の違いってやつはあるけどな」
「小さな疵が切っ掛けになって、そこから一気に折れたりするかもしれませんよ?」
「あぁ、ユーリがそいつを心配してんなぁ知ってる。けどな、使ってみた感じじゃ、そもそもユーリが言うような脆さは感じなかった……てぇか、粘り気も結構あるみてぇだったぜ?」
実際にユーリが使っているナイフはどうなんだと訊かれると、かれこれ数年使っていても、壊れる気配が無いと認めざるを得ない。
「だけど、剣と打ち合ったり鍔迫り合いをしたら判りませんよ?」
「いや、普通のナイフでも、剣とまともに打ち合ったりはしねぇからな? ま、もの試しって事で、フライに頼んで俺の剣と打ち合ってもらったんだが……」
「え? そんな事したんですか?」
「あぁ。フライの話じゃ、別にヤバそうな感じは無かったそうだぜ?」
思わずユーリはフライに目線を向けるが、フライは黙って頷いた。短剣使いのフライの感覚でも、危なげな感じはしなかったらしい。
「う~ん……でもやっぱり、長く使うとどうなるか判りませんから、売る時もお客さんに注意だけはしておいて下さい」
ユーリの指摘に頷いて同意するアドン。素より新機軸の商品なのだ。発売後にケチが付く事は避けたい。
「それとなユーリ、このナイフ、魔法の発動体にも使えるみてぇだぜ?」
「……はい?」
「……何だって?」
「ま、詳しい事はカトラから聞いてくれ」
ユーリ同様に初耳だったらしいアドンも、クドルと代わったカトラの話に耳を傾ける事になった。
「本式の杖ほどじゃないけど、魔法の効果が高まるのは事実なの。射程も少し伸びるみたい。ナガラにも確かめてもらったから、あたしだけの事でもないようだしね」
カトラの言葉にナガラも真面目な顔で頷く。どうやら魔術師にとっては結構重要な案件らしい。
「それは当然よ。本式の杖ほどじゃないとは言っても、武器を手にしたままで魔法が発動できるのよ? 純粋な魔術師はともかく、あたしみたいな冒険者にはありがたい利点だわ」
本人の魔力に馴染むため、他人が使っても増幅効果は今一つとなるらしい。ただし、これは正当な所有者には却って都合の好い部分もあるそうだ。錆びない事や軽い事も重要なのだという。
熱く語るカトラ――とナガラ――の言葉を聞きながら、アドンは独りほくそ笑むのであった。
この話――特に終盤――だけ読むと、アドンが強欲で阿漕な商人のように思われますが、実際にはそこまで悪辣な人物ではありません。