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第四十八章 エンド村 4.ユーリの「素材」

「それで、ユーリ君。頼んでいたものだが……?」

「あ、はい。一応用意してきました」



 その夜の歓迎会――という名のドンチャン騒ぎ――の席で、ユーリはアドンの求めに応じて用意したもののリストを読み上げた。さすがに実物を持ち出すような馬鹿な真似はしない。……十メートル超に(なんな)んとするローゼッドの心材など、宴会の場に持ち出せるものか。



「ふむ……ローゼッドは二本もあれば充分だろう。鉛筆の見本も……まぁ、これだけあれば充分か」

「今回は見本として提出するだけなんですよね?」

「あぁ。実際に製造が軌道に乗れば、後はこちらで対応できる筈だからね。まぁ、それについては後ほど相談させてもらおう。作物についてもお願いしておいたが?」

「あ、はい。前回と同じように小麦と裸麦、ソヤ豆と芋を大甕(おおがめ)に四つずつ。岩塩を小甕に一つ。干し肉は、今回も猪系のものを用意しました。あと、木蜜は生産量が少ないので、あまりご用意できませんでしたけど」



 木蜜のところでドナがピクリと身を震わせたが、幸か不幸かユーリもアドンもそれには気付かなかった。



「充分だよ。ユーリ君の作物は質が良いという事で、家の者も気に入っていてね」

「そう言って戴けると嬉しいです」



 前回滞在した時に、アドンの細君と子供たちには紹介してもらっている。人柄の好さそうな面々であっただけに、喜んで貰えたのなら生産者(みょう)()に尽きるというものだ。

 ……この時アドンが素早くオーデル老人に目配せしたが、ユーリがそれに気付く事は無かった。



「それで……素材の方は?」



 ある意味でアドンが最も期待し、同時に最も危惧しているのが、ユーリが持ち込んで来る「素材」であった。何しろユーリの在所は塩辛山。そこでとれた豪気な素材の数々を、いともあっさりと持ち出すのだ。



「いえ、今回はそれほどの目玉はありませんよ?」



 申し訳無さそうに言うユーリであったが、アドンたちは(ごう)も信用していない。何しろギャンビットグリズリーの骨を、スープの材料にしようとしていた少年なのだ。彼我の価値観の間には、塩辛山の渓谷よりも深い溝が横たわっている。



「……前回はギャンビットグリズリーの骨に興味がおありだったようですので、少し残っていた分をお持ちしました」



 〝残っていない〟分は、恐らくスープの材料にされた後で、骨粉として畑に()かれたのだろう。今回分の骨もあわや肥料にされかけたのだが、オーデル老人は親友(アドン)の精神の事を考えて、それは黙っている事にした。ちなみに、ユーリの畑作物が上質なのは、そういった豪儀な肥料が奏効している可能性もある。

 そんな裏事情はつゆ知らずに、アドンはユーリが取り出したギャンビットグリズリーの骨を、ありがたそうに検分している。一方で、初めてユーリ提供の「素材」を目にしたナガラの顔は引き()っていた。(とし)()もいかない子供が事も無げにギャンビットグリズリーなんて魔獣の骨を持ち出せば、そりゃ驚かないのが不思議である。そんなナガラをクドルたちは生温かい視線で見ていたが、続けてユーリが持ち出した「素材」に、彼らの余裕も吹き飛ぶ事になる。

 


「ギャンビットグリズリーの代わりにはならないと思いますけど、同じ熊系の魔獣でリグベアーというのがいましたから、その骨を……え~と……皆さん、どうかしましたか?」



 リグベアーと聞いて頭を抱え込んだ一同を見て、ユーリが不思議そうに問いかける。ギャンビットグリズリーほどの大きさはないし、脳筋で(くみ)し易い事は同じである。つい先日にも小銃で一頭射殺したが、弾痕の残った頭骨を持ち込むのはさすがに躊躇(ためら)われたので、今日は持ち込んだのは以前に落とし穴と溺殺のコンボで狩ったものだ。



「……ユーリ君……毛皮……毛皮は……残っているかね……?」



 (かす)れた声で()(ただ)すアドンを、不思議そうに見つめ返すユーリ。リグベアーの毛皮? 剛毛で肌触りが好くないので、小屋の隙間風避けにでもしようかと思っていたのだが……



「冗談じゃない!」



 憤懣(ふんまん)に耐えぬと言う表情で喚いたアドンであったが、他の面々もうんうんと(うなず)いて同意を示している。これだからユーリからは目が離せないのだ。

 キョトンとした顔のユーリに対して、疲れたような顔と声でクドルが説明してくれた。曰く、リグベアーの毛皮は闇属性の魔力を帯びており、魔法攻撃に対する抵抗性を持つので、防具の素材として垂涎(すいぜん)の的なのだと。



「そうなんですか!?」



 一応ユーリも【鑑定】してみたのだが、単に闇属性を持つとだけしか表示されなかったため、そんな効果があるとは思わなかったのだ。【鑑定】は基本的にその生物の特性を示すもので、人間たちがそれをどのように利用しているかという情報は、必ずしも充実してはいないのであった。



「だからな、それは売りに出すより、武器屋辺りに持ち込んで防具を作ってもらうのが好いと思うぞ。塩辛山に住んでる以上、防具は幾らあっても足りねぇだろう?」



 アドンは(いささ)か渋い顔だが、クドルの言うのが正論だとは解っているようで、反対をするつもりは無いようだ。ただ、そんな気配りをあっさりと蹴散らすのがユーリという少年であって……



「あ、大丈夫です。リグベアーの毛皮なら、まだ一、二頭分はありますから」



 一同うち揃って天を仰いだのを、一体誰が(とが)められようか。


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