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第四十八章 エンド村 1.村への手土産

 オーデル老人とオッタの来訪を受けた翌々日、半年ぶりにエンド村を訪れたユーリは、今度も村人たちの温かい歓迎を受ける事になった。昨年アク抜きの技法を教えた事もあるだろうが、一人塩辛山に籠もっているユーリの事を気に掛けてくれていたのが大きいようだ。七歳の時から六年近く独りで暮らしているとは言え、塩辛山は危険な場所……村人目線ではほとんど魔界と同義語である。そんな魔境で独り暮らしている子供の事が、心配にならないわけがない。……仮令(たとえ)それが、ギャンビットグリズリーを常食としているような猛者(もさ)だとしても。



「おぉユーリ君、()く来てくれた」

「今日は。今回もお世話になります」



 和やかな挨拶(あいさつ)の後でユーリの目の前に持ち出されたのは……



「あ、ソヤ豆ですか」

「うむ。どうにかこれだけ収穫できた。とは言え、まだ収量としては微々たるもんじゃから、今年も種蒔きに回すつもりなんじゃが」

「そうですね……何も起きなければ、秋には試食分くらい収穫できますか」

「ふむ……あの枝豆は実に美味かったが……他にはどういう食べ方があるのかね?」



 水に()けて戻した後に煮るのだろうくらいの察しは付くが、ユーリなら他の調理法も知っているかもしれぬ。そう思ったオーデル老人がユーリに訊ねた。



「えぇと……丁度好い具合に一品持って来ているんですけど……」



 エンド村へのお土産としてユーリが今回持ち込んだのは、スズナの四倍体の他にもう一つ、豆腐とその加工品であった。ちなみに、ユーリは普通の豆腐以外にも、苦汁(にがり)を使わず澱粉で固める呉豆腐も試作していたが、もっちりした食感が受け容れられるかどうか危ぶまれたため、今回は持参していない。



「……ユーリ君……一体全体、これは何かね?」

「豆腐っていって、ソヤ豆の加工品です。作り方によって色々分けられるんですけど、これは木綿豆腐というやつですね」



 白く四角く軟らかなそれを見た村人たちは、揃って不可解そうな顔をした。



「僕の故郷では普通に食べられていた……と、祖父から聞きました。ただ、これは栄養価は高いんですけど、これ自体の味はほとんど無いんです。醤……ソースをかけて食べるんですけどね」



 作る手間がそれなりにかかる上に、出来上がった豆腐は日保(ひも)ちのするものではない。しっかり水気を切って(とう)()(かん)に加工すれば別だが、そうまでして豆腐を食べたいかという事になる。

 (あん)(じょう)微妙そうな顔付きの村人を見て、ユーリはその豆腐の加工品を取り出した。



「……けど、それを塩漬けにしてやると、こういうものができるんです」

「む……これは……?」

「まさか……チーズなの?」



 おっかなびっくり遠巻きにする村人の前で、試食を仰せつかったオーデル老人とドナが驚きの声を上げた。色といい舌触りといい味わいといい、どう考えてもチーズとしか思えない。これがソヤ豆の加工品だと?

 呆気にとられている二人を見て、村人の中の有志が試食に参加し……やはり二人と同じような反応を示した。



「興味がおありなら、作り方はお教えしますけど、結構手間暇がかかるのは覚悟しておいて下さい。まぁ、こんな手間をかけなくても、ソヤ豆をそのまま煮たり茹でたり()ったりするだけでも充分食べられるんですけど」



 それはそれとして、凝った食べ方の一つくらい知っておいてもいいでしょうと、ユーリは塩豆腐のレシピを開陳する。……聞いた村人の方は、その面倒臭さに音を上げていたが。

 ともあれ、エンド村への土産の一つは渡す事ができた。



・・・・・・・・



「ほほぅ……これがユーリ君の言っていたスズナかね?」

「はい。村で栽培されていたものらしいんですけど。生き残っていたものを栽培化しただけなんで、元々どこの産なのかとかは判りませんけど」



 ――ユーリの言っている事に嘘は無い。


 スズナは「村落跡」で見つけたものだが、あそこも「村」の跡地には違いない。それ自体は別に隠すほどの事も無いのだが、あそこで見つけたマジックバッグを祖父の遺品と偽っているため、何となく打ち明けるのが躊躇(ためら)われるのだ。

 そのスズナを怪しげな魔法で四倍体にしたものを持ち込んでいるのだが、突然変異を引き起こしたのはユーリであっても、元々の産地がどこなのかは不明である。



「なるほど……確かに普通のスズナよりも大きいようじゃな」



 ……大きいのは四倍体であるせいなのだが、無論ユーリは余計なカミングアウトなどしない。



「そうですね。嫌なエグ味もありませんし、火の通りも速いので、煮て食べるのが好いですね。植えたままで冬を越せますから、使う時に雪の中から掘り出せばいつも新鮮ですよ」



 ――と、あくまで「食材」という面だけに言及するユーリ。既に昨年十一月末に、カブを原料に焼酎の試作に着手している……などという事はおくびにも出さない。醸造と蒸溜は(つつが)無く終わり、今は熟成を待っている状況なのだが。

 中身はどうあれ、今の自分(ユーリ)はまだ十二歳児。飲酒を企んでいるなどと――()してや自作の焼酎が熟するのを心待ちにしているなどと――知られるのはやはり外聞が悪い。



「ほほぉ、それはまた便利じゃな」

「えぇ。雪中保存の効果で甘味も増しますし……まぁ、これは他の野菜にも言える事なんですけどね」

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