第四十七章 根菜譚 4.大きなカブ
「う~ん……今度もエンド村にお世話になるわけだし、やっぱり何か手土産を持って行った方が良いよね」
今回も泊まる事になりそうなオーデル老人のところへは別途何かを渡すとして、エンド村にも何かを土産に持ち込んだ方が良い気がする。小なりとは言え一村全員分に行き渡る量の手土産など無理だし、ここは作物の紹介くらいが適当だろう。とは言うものの、はてさて何を持ち込むべきか。
ドナあたりはメーパルの苗木でも持ち込めば喜ぶだろうが、成長に時間がかかる上に、採取や濃縮の手間も馬鹿にならない。一本や二本のメーパルでは、村の需要を満たせるかどうかも怪しいだろう。ペピットも候補の一つではあるが、トマト系の作物は、人によって好き嫌いの差が大きい可能性がある。それに、ペピットの場合は――現状で種子の採取などしていないので――種子ではなく苗を渡す事になる。畑に雪の残っている今頃持って行っても、向こうだって持て余すだろう。そうなると……
「甘いって言えば、カボチャかな? エンド村では作ってないみたいだったし」
ユーリが村落跡地で見つけたカボチャことボカは、ユーリが知っている前世日本のカボチャに較べると甘味が乏しい。ドナを満足させるにはほど遠いレベルである。それでも、少しでも味の好いものを選抜しては栽培してきたのだが、まだまだ前世日本で食べたものには及ばない。他に手立てが無いのならともかく、光魔法による突然変異の誘導という技術、もしくはその萌芽を手にした今となっては、もう少し美味な品種を作成してから渡したいという思いもある。
「そうすると……やっぱりスズナかな?」
スズナもボカと同じく村落跡地で見つけたものだが、こちらは偶然に4倍体の品種ができている。味も収量も悪くないし、エンド村にはこれを持って行けばいいか。
「持って行くのは種子と……見本用に何個か引き抜いていこうかな……」
実はこのスズナ、ユーリはほとんど収穫せずに畑に植えっ放しである。それというのもこのスズナ、前世日本のカブと同じように二年生作物であり、植えたまま冬を越させる事ができるのだ。なので一々収穫するよりも、冬野菜として必要な時に抜けば手間が省けるのである。……尤も、雪に覆われた畑からスズナの位置を正しく探り当てて掘り出す事になるが、それは竿でも立てておけばいい。それに何より、これは一種の雪中保存であり、冬野菜の品質を保つ上で有効な方法であった。
冬野菜は気温が低くなると、細胞が凍結するのを防ぐために、細胞内の糖濃度を高める性質がある。その結果、雪で覆われる直前の野菜は糖度が高く甘い味わいに変わっている。
この甘い冬野菜を雪の中で貯蔵するのが、雪中保存と言われる方法である。雪で覆われた中には光が射し込まず、気温はほぼ零度、対して湿度の方は百パーセント近い。このような環境では冬野菜は半ば休眠状態となるため、代謝のためのエネルギー源、すなわち糖を消費しない。結果、野菜は甘いまま保存されるという事になる。ユーリは前世の知識でこの事を知っていたため、冬野菜の畑は除雪せず、寧ろ雪で覆うようにしていた。
……尤も、一部のスズナは早々に収穫して、とある目的のために利用しているのであるが……
「大根とか甜菜で作った酒だってあったんだし……スズナも飼料カブも、醗酵させれば酒になるよね。飼料カブの方はえぐみとかあるけど……焼酎にすれば関係無いような気がするし……焼酎なら熟成させる必要も無いしね……」
呆れた事にこの十二歳児は、【収納】に貯蔵しておいたスズナの一部と、ローレンセンで買ってきた飼料カブの残りを原料に、焼酎を造るつもりであった。
ブランデーの蒸溜と貯蔵を終えた後で、〝焼酎ならブランデーより短期間の熟成で飲めるんじゃないか〟と気付いたのが因果な切っ掛け。林檎酒をそれに回すかと考えていたところで目に入ったのがスズナであり、試食を終えた飼料カブであった。飼料カブの大半は食用として不適当なので、このまま肥料に廻る事になる。それくらいなら醸造原料としてみようかと思い付いてしまったのだ。
スズナの方は結構糖度が高くなってはいるが、そのまま醗酵に廻せる程ではない。澱粉を糖に変えるプロセスが必要である。酒造用の麹黴かクモノスカビが必要なのだが……
「今回は豆麹と林檎酒の酵母を混ぜて、発酵が進むかどうか試してるわけだけど……加温試験室でももう少し時間がかかりそうな感じだな。大市には間に合いそうにないか……」