第三章 明日のために 3.食糧事情の改善のために~水路の確認~
住環境の改善についての検討が一通り終わったら、次にやるべきは食糧事情の検討だろう。ユーリが希望したものは家庭菜園。それを踏まえた上で神はユーリをこの地に送ってくれたわけだから、ユーリがここでやるべき事も家庭菜園……で、いい筈だ。
幸いここの畑跡地には、この村がまだ「活きて」いた頃の作物が、半ば野生化した状態で生き残っている。この地で生育するのが保証された種類なわけだから、まずはそれらの作物の栽培化から始めるのが良いだろう。
今のところ確認できた作物は、地球で言う大麦(裸麦)、小麦、蕎麦、芋、あとは葉野菜が少しといったところだ。
種類は思っていたより多様だが、あちこちの畑に分散して生き残っているものを全て合わせても、秋まで保つかどうかというところだろう。秋に収穫できる作物に、村の外で得られるであろう堅果の類を合わせても、冬越しできるかどうかはギリギリといったところだろうか。
「……まぁ、いよいよ無理っぽいとなったら、家財の一切を【収納】して、村か町に逃げ出せばいいわけだし……それまでは頑張ってみるか」
そういった判断の下に、冬までの間にやれる事、やっておくべき事をリストアップして整理してみた。
◆農地の整備
・水路の復元
・作物の収穫
・種籾や種芋の確保と保管
・畑の復元
・農業カレンダーの作成
・来年に向けての植え付けとその準備
・肥料の用意
・農機具の準備
「最初に確認しておくべきは……やっぱりこれかなぁ……」
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ユーリは村を囲う柵の前に来ていた。
ほとんど埋まっている上に草に覆われて気が付かなかったが、能く見ると柵の内側に溝のようなものが残っている。排水溝のようにも見えるが……
「……畑の周囲に巡らせてある事と、そこそこの深さがある事を考えると、やっぱり用水路と見るべきかな……」
岩塩坑を探す時に見つけた三枚の地図――板の上に描かれたもの――のうちの一枚に、村を取り巻くように線が描かれており、それが少し離れたところにあるやや太い線に繋がっているのに気が付いた。太い線が川だとすると、細い線は水路という事になる。
それを念頭に置いて村の周囲を見直すと、柵の内側に溝のようなものの痕跡を見出す事ができた。排水用の溝にしては幅広く、深いようにも思える。となれば、農業用水を引き入れ、汲むための用水路ではないか……
水路の確認と復元が急務となった瞬間であった。
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「こんなところにあったのか……」
水路の跡を辿って行くと、少し離れたところで小川にぶつかった。それほど大きな川ではない……と言うか、小規模な沢のようなものであるが、村に用水を供給する程度の水量はあるようだ。取水口の部分は、今はすっかり腐朽しているが、板のようなもので閉じられている上に、溝が崩れて土で埋まっている。そのせいで用水が涸れてしまい、ユーリも水路に気付かなかったようだ。
小川を下流に下って行くと、しばらく歩いたところで別の水路に出くわした。察するに、村を巡った用水の排水路だろう。こちらも半ば土に埋もれている。
更に進むと、小川はもう少し規模の大きい川に合流した。どうやらマッダーボアを沈めて冷ました川が、ここに通じているらしい。こちらは川幅もそれなりにあり、魚釣りくらいはできそうだ。水深も、深いところはそれなりにあるらしい。
「う~ん……こっちの方が水量は多いけど、村から遠いんで、取水路は小川の方に繋げたんだろうな」
先々の事を考えると、水路を復元した方が好いのは明らかである。ただ、少なくとも今年は、畑自体がそれほどの――用水路を必要とするほどの――規模になるかどうかは疑わしい。水魔法だけで充分な気もする。万一水路が必要になったとしても、ユーリなら土魔法で手軽に復元できそうだ。
「そう考えると……水路の復元自体は、そう急ぐ必要は無いかな……?」
とは言え、水路とそれに繋がる川を発見できた事は、今後の生活を考える上でも重要であった。
ユーリは水魔法を貰っているが、思った以上に広い畑の全てに水を供給できるとは思えない。何しろイノシシの血抜きをするだけで、魔力の四分の一ほどを使ったのだ。水路があるというなら、それに頼るのが無難である……と、ユーリは思っている。
「もし水路を復活させる事になったら……魚か何か放した方が良いかな。用水路にボウフラとか湧いたら嫌だし……」
妙なアメーバや住血吸虫、細菌などが繁殖しないように、水質は忠実にチェックしようと決意するユーリであった。