第四十六章 来訪者 1.善哉
「死霊術師シリーズ」の新作「片腕の証言」、公開しています。今回は二話構成で、二話目は本日21時頃に投稿の予定です。宜しければこちらもご覧下さい。
斑刃刀などというお蔵入り決定武器を造ってしまった八日後、ユーリの村に来客があった。
「お久しぶりです、お二人とも」
まだまだ雪の残る山径を踏み分けて現れたのは、エンド村のオーデル老人とオッタの二人であった。今回ドナは留守番のようだ。
「最後まで行くと言い張っておったのじゃがね。さすがにこの雪道を歩かせるわけにはいかんでのぉ」
老人の言葉に、ここまで雪を掻き分けて来たらしいオッタが、疲れたような表情で頷いている。それを見て、あぁ無理もないなと納得するユーリ。村内の雪掻き雪下ろしだけでも、魔法を使ってさえ大仕事であったのだ。魔法を使えない二人が物理だけでここまで雪を掻き分けて来たというのは、想像を絶する難行であっただろう。せめて疲れの取れるものを振る舞うぐらいはしてあげたい。
熱い茶でどうにか人心地を取り戻したらしい二人に、温めた善哉擬きを供しながら、きっとドナの目当てもこの甘味だったんだろうなと察するユーリ。
珍しいものを見るように――オッタは幾分怖々と――受け取った善哉擬きを眺めていた二人だが、やがて意を決したように口に入れ……目を見開いて硬直する事になった。
「あ――甘い!?」
「ユーリ君! これは何かね!?」
(……あれ? 善哉ってそんなに珍しいのかな?)
善哉にせよ汁粉にせよ、日本人なら知らぬ者はいないだろうが、実は……前世の地球においても、豆を甘く味付けて食べるのはほぼアジアに限られていた。況して砂糖が普及していないこの国では、甘く味付けた豆のシチューなど、想像すらできない代物であった。
「えーと……ゼンザイっていう料理……と言うか、お八つなんですけど……こちらでは……?」
「初めて食べた……どころか、見た事も聞いた事も無い代物なんじゃが。……いや、美味しいのは大層美味しいんじゃが……」
うんうんと無言ながら懸命に首を上下させているオッタ。咀嚼と賞味、それに嚥下で忙しいため、口を開けて喋るなどという無粋な真似はできないらしい。
(……まぉ……口には合ったみたいだし……別にいいか……)
――と、思いつつ、
「去年ローレンセンで買った豆ですよ、それ」
「おぉ……あの小さな豆かね。何に使うのじゃろうと思っておったが……」
餡と言えば小豆――というのは日本人にとって当たり前だが、では、なぜ小豆なのかと言われると、説明できる者は多くないだろう。
実は、滑らかな中にもさらりとした餡の舌触りを出すためには、材料となる豆の選定が重要になる。小豆や隠元豆のように澱粉質の多い豆類でないと、あの食感は得られないのだ。これが大豆や落花生のように油分の多い豆だと、ペースト状にはなっても、あの餡の食感は得られない。枝豆から作る「ずんだ」の場合は、油分の割合が低い未熟大豆を使う事で、あの餡の食感を得ているのだ。
前口上が些か長くなったが、ユーリが昨年ローレンセンで購入したのは大粒の緑豆といった感じの豆であった。生前日本で見た緑豆よりも随分と大きく、小さめの小豆ほどもあった。当初はモヤシを作れないかと思って購入したのであるが、後に【鑑定】先生にお伺いを立ててみたところ、餡を始めとする多様な調理法がある事を知って狂喜したのであった。
冬になり寒くなってくると、季節の風物詩とばかりにユーリは早速善哉に挑戦した。出来上がったものはどろりとした濃緑色のペーストに白い小麦粉の団子が浮かぶという、何も知らない者が見たらドン引きしそうな代物であったが、なに抹茶餡だと思えば――本当は全く違うのだが――気にならないとばかりに、ユーリは嬉々として賞味している。ちなみに江戸時代には、緑色の八重成――緑豆――の汁粉もあったというが、それはユーリの知るところではない。何色をしていようと、久しぶりの善哉――擬き――だ。色が赤から緑に変わったぐらい何だと言うのだ。交通信号で言えば寧ろ安全になった筈ではないか。
……善哉の評価に信号機が出てくる辺りでもう大分怪しいのだが、善哉々々とハイになっているユーリはそんな些事には頓着せず、三日と置かずに食べていたのである。二人に出した善哉も数日前に作ったものだが、【収納】のお蔭で温かいまま保存されていたのであった。
「ユーリ君の故郷では、あの豆をこういう風に食べるのかね?」
「いえ、本物はまた別の豆を使うんですけど、この豆でも作れそうだったので」
「ふむ……甘い豆汁など奇態なものじゃが、疲れた身にはありがたいの」
「疲労時には甘いものが効果的ですからね」
「やはりこれも木蜜かね?」
「いえ、これはローレンセンで購入した砂糖を使ってみました」
「それはまた贅沢な……ドナには黙っておかんと叱られそうじゃな……」
老人はちらりと隣のオッタに目を遣るが、オッタも同じ考えと見えて黙って頷いている。ユーリとしては、ドナの分くらいお裾分けしても――とは思うが、そうすると他の村人との間に溝ができそうだ。かと言って村の全員に振る舞うのはさすがに無理なので、結局のところユーリもこれに同意するしかない。
「……ここだけの秘密という事で……」
老人とオッタは無言で頷いたのであった。