第四十五章 魔製石器~波紋~ 3.エルフたち
一方、肝心のエルフたちの反応はというと、予想どおり距離が災いして、初動という点で遅れをとった。カトラたちの手紙が届くまでに――途中まで手紙を運んでもらうのに丁度好い行商人が捕まらなかった事もあって――実に二月近くを要していたのである。
しかし、一旦その内容が知れ渡ると、そこからの反応は迅速であった。
金属器と相性の悪いエルフやハーフエルフにも問題無く扱え、しかも魔力の馴染みが半端でなく良い石器。のみならず、魔力を通した場合の切れ味は、ドラゴン素材のナイフに迫るのではないかとも言われる。まさにエルフたちのために生み出されたようなナイフではないか。
エルフの悲願とも言えそうな石器が、入手できるかどうかの瀬戸際である。遅れはならじとばかりに、即座に使者を送り出す事が……と言うか、送り出す事だけは決まった。
――揉めたのは人選である。
「……だからっ! ここはやはり村一番の腕利きが行くべきだ!」
「その腕を何に使うつもりだ!? 脅して力尽くで造らせるわけにはいかんのだぞ!?」
「ここはやはり交渉術に長けた者を送るべきでは……」
「いや、カトラたちの手紙によれば、我々に隔意を持たない相手のようではないか。下手に交渉を持ちかけるより、素直に頼んでみる方が吉だろう」
「待て。仮に造ってもらえたとしても、村に配分できるほどの数はさすがに無理だろう。使者の選抜よりも、分配の問題を先に考えるべきではないのか?」
「問題は他にもある。それだけの品ともなると、狙いを付けるのは我々だけではない筈。そういった連中がナイフを狙って、過激な動きに出ないとも限らん」
「だから! やはり腕達者を送るべきではないか!」
「そうやって騒動を起こした挙げ句に、却って目立つ事になる可能性は?」
……斯くの如く、まさに「会議は踊れども進まず」といった体であった。
結局、使者として一人のエルフの男性が選ばれて村を出るまでに五日を要し、更にその使いの男が――あらゆる手段を講じて急いだにも拘わらず――ローレンセンの町に到着したのはそろそろ年も暮れようかという頃、ユーリはとっくに自分の村へ帰った後の事であった。
・・・・・・・・
「馬鹿言ってんじゃないわよ! 今から塩辛山へ向かうなんて、無理に決まってるでしょう!」
ハーフエルフの女性二人に叱責を受けているのは、エルフの若い男性である。
「し、しかしだな、村の意向としては、一刻も早く製作者殿にお目にかかって、是が非でもあの『魔製石器』とやらを……」
彼の名はナガラ。カトラとダリアの出身地である村から、ユーリに会うべく派遣されてきた使者である。魔術と間道を駆使して旅を急いだのであるが、何分エルフの住処は山深いところにある。早くも雪に覆われた道を往くのに思いの外時間がかかり、ナガラがローレンセンに辿り着いたのは十二月の上旬。里を出てから既に一ヵ月が経っていた。
「それは、村の連中の勝手な言い分でしょう? 事前の申し込みも無しに、いきなり押しかけるなんて失礼ができるわけが無いじゃない」
「第一、塩辛山はそろそろ雪が積もってる頃よ。ユ……製作者の住所も正確には判っていないのに、どうやって探すつもりなの?」
カトラとダリアの二人も製作者の所在を知らないというのは予想外であったらしく、しばし口籠もるナガラ。
「だが……そもそもこの話を持ち込んだのは、お前たちじゃないか……」
「だから何だと言うの? それとこれとは別問題でしょう?」
「製作者の好感度が下がったら、頼める話も頼めなくなるのよ? 解ってる?」
「詳しくは言えないけど、この件では既に色々と動いている人がいるの」
「言っておくけど、製作者から正式に権利を譲渡された代理人だから」
抜け駆けされては一大事と気色ばむナガラに、妙な事は考えないようにと太い釘をグサグサグッサリと刺していく二人。
「製作者も私たちの事情は解ってるから、悪いようにはしない筈よ」
「来春には会える筈だし、その前に代理人が連絡を送る筈だから、その時にうちの村の事も伝えてもらえるよう頼んでおくわ」
勝手に動き廻って面倒を引き起こされては一大事とばかりに、これでもかと釘を刺していく二人。製作者の機嫌を損ねるという一言は効き目があったらしく、ナガラも渋々ながら春までこの地に留まる事を了承する。
ちなみに、二人からこの話を聞いたアドンは、これぞ好機とばかりにナガラを護衛に加える事にするのであった。