幕 間 食卓の情景
(さて……アドンといったかな? この商人は)
その客は、今夜の夕食会にはあまり期待を抱いていなかった。ローゼッドの仕入れ先とのパイプを持つと紹介されたため、伝手を結んでおく事は確定している。だが、客の目から見ればアドン商会など成り上がり者でしかない。まともな料理が出てくるのかどうかすら疑っていた。
(はてさて、どんなものを食べさせられるのやら……)
そんな思いも、食堂に入ってすぐに霧散していた。最初に目を引いたのはテーブルを彩る花。最初は何の気無しに見過ごしたものの、今は冬だと気が付いた時点で、どうやって花を確保したのかが気になった。近付いてじっくりと検分したところ、驚いた事にその「花」は……
(これは……ナプキンなのか?)
遠目にはカーネーションのような花に見えたそれが、能く見ると布でできている事に気付いて驚かされる。葉っぱも茎も無く花だけがぽつんと置いてあるのに少し違和感を感じたが、こうして見れば納得がいく。
(本物の花と同じ色合いのナプキンを……どう弄くればこんな形に作れるんだ?)
木魔法でも使ったのかと思っていたが、これは魔法などより余程に気が利いている。
(これは……卑しい成り上がり者などではないかもしれんな……)
この後出された塩釜焼きを始めとする料理に圧倒された客がアドンへの評価を一転させるのは、この直ぐ後の事であった。
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ところ変わってエッジ村。
食前の祈りの時、ドナはふと、とある少年の事に思いを巡らせていた。
(ユーリ君……今頃何を食べてるのかしら……?)
おかしなところのある少年であった。
ドナの目からすれば贅沢この上無い食材を、当たり前のように使っているくせに……
(……ただの黒パンであんなに喜ぶなんて……)
エッジ村で食べた黒パンを、数年ぶりのご馳走のように味わっていた。アドンの屋敷で食べた白パンやチーズにも喜んでいたが、その割には妙に食べ慣れた様子を見せていたのもおかしな話だ。
市場での買い物の時にも、パンとチーズを買い漁っていた。ミルクはあまり手に入らなかったようだが、それでも買えるだけ買っていたようだ。
魔獣の肉だの木蜜だの、ドナからすれば贅沢なものを常食しているようだったが……
(……五年もの間、パンもチーズも無い食生活かぁ……。羨ましいような、羨ましくないような……)
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同じ頃、当のユーリが何を食べていたかというと、
「ふふ~ん……七草の天ぷらなんて、何年ぶりだろ。……あ……涙出てきた……」
ローレンセンで購入した植物油で天ぷらを揚げていた。
「獣油だと、どうしても臭いが抜けなかったからなぁ……美味しくないんだよね……」
ローレンセンの市場で植物油を入手できたので、買えるだけの種類を買い漁っておいたのだ。油炒めくらいは脂身を使って作っていたのだが、さすがに天ぷらのようなものになると、臭いが強い獣油はユーリの好みに合わなかったのである。
「醤油はまだできてないけど、この頃は肉醤の品質も大分上がってきたし、大根おろしっぽいものも作れるようになったし……山菜の天ぷらなら、塩だけでも結構いけるしね」
春になって野草が採れたのを幸いに、天ぷらを作る事にしたようだ。
「う~ん、美味……これで白米があればなぁ……。春の大市とかいうのに期待するかぁ……」
ローレンセンの町で開催される春の大市。その日は刻一刻と迫って来ていた。
これにて第三部の終了となります。
勢いで第三部は毎日更新としましたが、さすがにストックが厳しくなってきたので、次回・第四部からは火曜と金曜の週二回更新に戻します。