第四十四章 名剣らしい~第一幕~ 3.特殊鋼
ユーリの錬金術は(怪)の添え字付きであり、しかもまだまだ初級でしかない。素材の全てに珪素を添加してしまうと、万一使えないとなった場合に、珪素を除去して素材に戻すのが難しい……と言うか、現在のユーリのレベルでは不可能に近い。それを考えると、総特殊鋼造りにするのは止した方が賢明だろう。
なら、鋼の一部だけを特殊鋼にして、それを使って刀を打つか?
ここでユーリはある事を思い出す。確か日本刀は、軟らかい心鉄を硬い皮鉄で包んだ二重構造ではなかったか? それに倣って、普通の鋼を特殊鋼で包むようにして……
「……うん、面倒。――と言うか、僕の腕じゃできっこないよね」
普通ならそのまま断念するところだろうが、この時ユーリは――幸か不幸か――もう一つの複合鋼材の事を思い出す。
――ダマスカス鋼と呼ばれた金属の事を。
「現在ダマスカス鋼って言われてるものは、正確にはかつてのダマスカス鋼を復元しようとした紛いもの――とか読んだ気がするけど……確かあれって、二種類の金属を練り合わせて作った積層鋼材の筈だよね……」
正しいレシピは知らないが、どうせ最後には魔法頼みになるのだからと割り切って、珪素を添加したものとしないものの二種類の炭素鋼を練り合わせるユーリ。珪素を加えると強度はあがるが、反面で脆くなるような気がしないでもない。ただしこちらの世界には魔法がある。前世地球の知識だけで判断するのは危険だろう。その辺りも踏まえての実験のつもりである。
本来なら鍛造によって混ぜ合わせるのだが、そこは便利な魔法頼みだ。初歩とはいえ鍛冶と魔法の二つのスキルをそれなりに使いこなして、複合鋼材に仕立てていくユーリ。
均質に混ぜ合わせて合金のようにするのは難しいが、ユーリもそこまで混ぜるつもりはない。確かダマスカス鋼というのは、二種類の鋼が木目のような模様をなしているのが特徴だった筈。なら、そういう模様になった時点で練り合わせを止めればいいだけだ。
……本来の造り方とは色々違っている気もするが、どうせ魔法を使う時点で怪しいのだと割り切って、思い切り良く造っていく。
「……こんな感じかな? あとは、前と同じように鋼板から打ち抜いて……」
なまじ硬度が上がっていただけに苦戦したが、奮闘の末に日本刀っぽい刀が一振り出来上がった。
刃を形成する際に、マルテンサイトのような硬質組織ができるように魔力を籠めていたら、体積変化の違いによってちゃんと反りが生じたのには感動した。日本刀の「反り」は最初から成形されたものだとユーリは思っていたのだが、そうではないと知ったのは【鑑定】先生の説明を読んでからである。それによると、焼き入れ時に塗る焼刃土の厚みの違いによって、急冷される「刃」と徐冷される「棟」で硬度と体積に違いが生じ、急冷組織のマルテンサイトが生じる刃側で体積が増すために、結果として反りが生じるらしい。
ユーリは火入れなどという手順は踏まなかったが、刃の部分が硬化するように魔力を籠めていたら、結果的に同じ形状になったようだ。
日本刀にしてはやや短めだが、これはユーリの体格で取り回せるようにしたためである。
……ちなみに〝日本刀っぽい〟と言ったのは文字どおりの意味で、【鑑定】の結果が「日本刀」に非ざる事を明確に告げていたためである。
――《斑刃刀:【錬金術(怪)】と【鍛冶(怪)】によって調製された複合鋼材を、魔力によって成形する事で造られた、特製の魔製鉄器。性質の異なる二種の特殊鋼が混ざり合っているため、高い硬度と靱性を併せ持つ。終始魔法によって造られたため、魔力、特に作刀者の魔力との親和性が高く、魔力を通す事でその能力は数倍に跳ね上がる。刃渡り一尺八寸五分(61cm)、中反りやや浅く、重ねやや薄い》
「……これって、もう……目立つなんてレベルじゃないよね……」
あの魔製石器以上にヤバそうなものを創り上げてしまい、しばし呆然と佇むユーリ。目立たず地味に引き籠もりたいのに、どうしてこういうものばかり出来てしまうのか。間違っても自分のせいではない……ない筈だ。
「……ま、まぁ、武器としての性能は悪くなさそうだし……ばれなきゃ大丈夫……きっと……」
取り扱いには慎重さが求められそうだが、それより何より性能が問題である。普通なら試刀家に試し斬りでも依頼するのだろうが、生憎ここにいるのはユーリだけ。試し斬りが必要というなら、それはユーリがやるしかない。
とりあえず【木材変形】で仮の柄を付けて、振り回してもすっぽ抜けないように固定する。
「……試し斬りなんてやった事無いんだけど……」
それ以前に真剣を扱った事など――転生前の三十七年間を勘定に入れても――経験が無い。と言うか、そもそも真っ直ぐ振れるのかすら覚束無い。
――なのに……なぜ日本刀など造ろうとしたのか。
我が事ながら怪しくなってきたため、その場で軽く素振りをしてみる。生前は入院生活が長かったため、剣道の心得など欠片も無いユーリであったが、反面で武術に対する興味だけはあったため、古流剣術などに関する本やDVDは目にしていた。それらの記憶と、転生に際して神による最適化を受けた身体機能、そして【対魔獣戦術】の刀剣スキルだけを頼りに振ってみたのだが……
「……何か……格好だけは様になってる……のかな?」
一人で首を捻っていても埒が明かない。そう判断したユーリは、思い切り良く試し斬りに挑む事にした。材木を積んでいる小屋に行き、手頃な太さの枝を取り出す。その枝を差し渡す台を二つ土魔法で作り、渡した枝に向かって気合いとともに「刀」を振り下ろしたのだが……
「何か……あっさり斬れたんだけど……」
日本刀の試しで言えば、「笹の露」とか「籠釣瓶」、あるいは「踊り佛」、はたまた「夢の間」などと形容されそうなくらい、手応えも無くスルリと刃が通った――通り抜けた――その事に、却ってショックを覚えるユーリ。
……コレ、絶対バレたらアカンやつや。
「切れ味と言うか……武器としては申し分無いんだけど……」
申し分が無さ過ぎる切れ味に、迂闊に表に出せない事と、普段使い用にただの鋼でもう一振りを誂える必要がある事を、改めて認識するユーリであった。