第四十四章 名剣らしい~第一幕~ 1.プレス加工
ローレンセンでの収穫は色々とあるが、塩辛山で手に入らない素材や道具を入手できた事、冒険者ギルドが主宰する初心者講習を受けられた事、錬金術師の遺品を入手できた事、これらはとりわけ大きな収穫であった。
そして今、ユーリは、それらの収穫を糧に、新たな高みを目指そうとしていた。
――有り体に言えば、本格的な鍛冶に挑戦しようとしていたのである。
冒険者ギルドの初心者講習では、ギルドと契約している鍛冶師の工房にお邪魔して、丁寧な指導の下に短剣を一振り打ってみた。そうすると密かに期待していたとおり、【鍛冶(初歩)】が解放されたのである――大っぴらにはしなかったが。
指導役の鍛冶師からも、後は数を打って慣れるだけだと言われたし、素材の方も幸いにして、【錬金術】――(怪)の添え字については気にしない事にする――の練習と思って作った錬鉄がそこそこの数揃っている。炉についても、携帯用のもの――一見したところでは七輪のような感じ――を鍛冶師ギルドから売ってもらえた。簡単な作業なら充分に使えるというお墨付きである。金槌や金床についても小型のものを入手してある。
素材も道具も揃っている以上、あとは練習あるのみだ。真っ当な鍛冶の技術も習得した――註.ギルドの初心者講習の事――事だし、数さえこなせば、そこそこ使える山刀くらいなら打てるようになる……のではないか……?
意気軒昂と鍛冶に挑戦したユーリであったが、程無くして挫折の味を覚える事になっていた。
初心者講習の時には指導役の鍛冶師が手取り足取り教えてくれていたが、改めて独力で作業に取りかかってみたところ、これが大変な難事である事が判ったのである。まぁ、初心者講習を受けただけで一人前の鍛冶作業ができるようであれば、鍛冶商売などあがったりだ。できる方がおかしいのである。
とは言うものの、怪しげな錬金術だの魔法だのが功を奏したのか、錬鉄に浸炭して鋼に変える過程は問題無くできている。そこだけを見れば本職の鍛冶師そこのけだ。では、何が上手くいかないのかと言うと……
「う~ん……駄目だ。どうしても、厚さや幅が一定しない……」
先程から山刀を打とうと努力しているのだが、刀身の厚みや幅を均一にする事ができないのであった。それも砥石や鑢でどうこうできる程度を遙かに超えて。
早い話が子供が作った粘土細工のようで、刃物に見えないのである。見てくれが悪いだけならまだしも、不均一な刀身では鉄の硬軟にむらができてしまい、耐久性も悪化する。下手をすると、刀身に鬆が入っている可能性も捨てきれない。
ちなみに、日常使いには魔製石器で事足りるのに、態々鉄器を造る理由は何か。それは、魔製石器の「軽い」という特性が、場合によっては徒となるためであった。
硬くて軽い魔製石器は解体や調理には重宝するのだが、叩き切るような使い方には不向きであった。日本刀のように〝手前に引く〟という動作を加えれば絶大な切れ味を発揮するのだが、藪漕ぎの際に一々そんな真似をするのも面倒臭い。力で叩き切り、切り飛ばすような扱いの方が楽なのであるが、それをするには重さが足りない。
結論として、山刀などは鉄で造ったものの方が使い易いのであった。
そうした目論見の下、先程からユーリは山刀を打とうとしているのだが、これが一向に成功しないのである。
「う~ん……鍛造自体はもっと練習するしかないとしても……」
熱した鉄の塊を鍛える鍛冶の業にはロマンを感じるが、それはそれ、鉄器――特に刃物――の入手は喫緊にして必須の案件である。鍛造で刀身を造れないなら、別の方法で造るしか無い。何しろ初心者講習で解放された【鍛冶(初歩)】スキルを当てにして、ローレンセンでは刃物の類をほとんど買ってこなかったのだ。無謀な話である。
「だったら石器と同じように……って……これも駄目か……」
鍛造する事を諦めて土魔法で整形しようとしてみたのだが、土に較べて魔力の通りが悪いという事実がそれを阻む事になった。
既述のようにここフォア世界では、魔力への親和性は魔素に触れた期間の長さに比例するという大原則が存在している。つまり、地中深くに埋もれていた鉄鉱石のように、大気中の魔素に触れた事の無い物質には、魔力が馴染みにくいという事である。鉄に代表される金属器の多くが魔力に馴染まないのは、これが一因となっている。
ユーリが採掘した砂鉄は、風化産物であるために普通の鉄鉱石に較べると魔力の通りが良いとは言え、日常的に魔素を含んだ空気に触れていた表土には劣る。結果として、普通の鉄に較べると遙かに魔力との親和性は高いが、土魔法で自在に変形できるまでには――少なくとも現在のユーリの力量では――至らなかったのである。……と言うか、より正確に言えば面倒臭かったのである。
「なら……これしか無いよね」
――とばかりにユーリが採用したのは、あろう事かプレス加工であった。
素よりこちらの世界には、プレス機なんて便利なものは存在しない。ユーリが頼みにしたのは魔法である。
便利重宝な無魔法と土魔法で鋼を均質な板に加工し、それに――これまた無魔法で――圧力を加える事で型通りに打ち抜く。未だ技術の拙い自分でも、これなら望みの形に造れる筈だ。あとはローレンセンで買って来た回転砥石で、削るようにして刃をつけていくだけ。砥石に魔力を籠めれば、研磨の効率も上がるかもしれない。名人芸でも職人芸でもない――強いて言うなら「怪人芸」か「魔人芸」であろう――が、とにかく実用に耐えるものができれば充分。駆け出しの自分には分相応だ。
……世間一般の魔術師の常識では、こちらの方が難しい筈なのだが。
ともあれ、慣れない作業に四苦八苦はしたが、それでも何とか山刀のようなものを作り出す事には成功した。ただ一つの誤算は……
「【鍛冶(怪)】って……何だよ、これ……」
ローレンセンでの初心者講習で取得した筈の【鍛冶(初歩)】が、いつのまにか【鍛冶(怪) 見習い】に化けていた事であろう。「見習い」の添え字は鍛造の経験を積んでゆけば消えるようだが、(怪)の添え字については……
「う~ん……魔法を使って楽をしようとすると、(怪)の字が付くのかな? 一般的ではないって事なんだろうけど……まっ、いいか。技術と文明は怠惰を求める心が育てるんだよね」
――これが昨年十一月、自動小銃の開発に手を染める三日前の事である。