第四十二章 ユーリよ銃を取れ 3.人工魔石
他にする事があまり無いという事情もあって、ユーリの兵器開発は順調に進んだ。何しろ前世のライフル銃を魔道具化するという開発方針が定まっているから、余計な試行錯誤の必要が無い。そのせいで改良もサクサクと進み、現在の試作モデルはほぼ自動小銃と同じ形態となっていた。給弾や排莢は魔法によっている――と言うか、前世の自動小銃の仕組みを魔法で代行している。基本的なアイデアが存在するだけに、魔術式の構築も割と楽であった。お蔭で【魔道具作製】のレベルも上がっている。
弾丸の威力向上は後回しにしているが、ユーリは一つの問題に直面していた。
「これだと、魔石の消費が大きいんだよなぁ……」
何しろ、地球世界における現代戦は、資源を盛大に消尽する。艦載の防空機銃に至っては、毎分千発以上の機銃弾をばら撒くのだ。
さすがにユーリもそんな豪儀な代物を開発する気は無いが、自動小銃でも弾丸を消費するのは変わらない。薬莢代わりの魔石は、魔力を充填しさえすれば再使用可能だが、いざ戦闘となった場合に毎回魔石を回収できるかどうかは、疑わしいと言わざるを得ない。
そんなわけで、ユーリは魔石の不足という問題に直面する事になったのである。
ユーリを襲う魔獣を返り討ちにすれば手に入るとは言え、魔石は基本的に貴重品であり、無尽蔵に入手できるわけでもない。また、得られた魔石の大きさや形はまちまちで、そのまま使うと弾速や射程が一定しなくなる。
大きな魔石を分割して使用する事はできるが、基本的に大きな魔石は入手しにくく価値が高いため、安易に分割するのは躊躇われる。しかも一旦分割した魔石は、これを再度くっつけて一つにするという事ができないのだ。まして屑魔石を集めて大きな魔石にするというのは、これまでに数多の魔術師・錬金術師が挑戦してきたが、見果てぬ夢に終わっている。
「何とかして魔石を確保しないと、折角の小銃も企画倒れに終わりそうだ……」
斯くして、ユーリによる魔石確保プロジェクトが幕を開けたのである。
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最初にユーリが取り組んだのは、魔石とは何かという根源的な問題……などではなく、魔石がどこにあるかという、ある意味即物的な問題であった。それというのも、魔石が魔獣の体内にある以上、それは魔獣が体内で作り上げたものであり、だったらその存在場所を調べれば、魔石を作るヒントが得られるのではないかと考えたのである。
「う~ん……今までの解体結果を見ると、ほぼ肝臓の近くに限定されるな。という事は、魔石の生成には血液が必要なのか」
ここでユーリの脳裏に、前世の知識が蘇る。
一つは体内に作られる胆石とか結石の事――入院生活が長かったユーリには、ある意味で身近な話題であった――であり、もう一つは真珠の養殖の事である。
「魔石は魔力が凝ったものだっていうけど……その魔力を保持するための構造自体は、血液成分でできてるんじゃないのかな……」
この辺りは、胆石や結石の知識を持つユーリには容易に思い付ける事であった。ただし、ここまでなら同じような発想に至った者もいないではなかった。彼らはユーリと同じように、血液を培養して魔石を得ようと試みたのだが、いずれも成功しなかったのである。
ただし、ユーリにはもう一つの知識があった。すなわち、前世で日本が世界に先駆けて成功した、真珠の養殖技術である。
「真珠の養殖だと、確か核となるものをアコヤガイに埋め込んでやるんだよね。魔石の培養も同じような方法でできないかな。……あぁ、そう言えば化学の実験で、硫酸銅の大きな結晶を作る時にも、同じように結晶を核にしたっけ……」
斯くの如く――ユーリの認識では――安易な発想の下に、ユーリは魔石の培養を試み、そして……相応に時間はかかったが、割とあっさりと成功した。
実はこれにはもう一つの理由があって、魔石の培養に当たってユーリが注ぎ込んだのは、あろう事か無属性の魔力であった。ユーリ本人としては、基礎研究なのだから余計な属性が付いていない魔力を注ぎ込んだという程度の認識であったが、実はこれこそが魔石の培養を可能ならしめたもう一つの鍵――最初の鍵は魔石の破片を核として使う事――なのであった。
魔獣であれ魔術師であれ魔力の属性というものを持っており、彼らはその属性に従って魔力を振るい、魔法を行使する。畢竟、魔獣が持つ魔石にも、そしてその血液にも属性が存在しており、それらの属性と一致した魔力を注がないと魔力の凝縮反応は上手く進まない。
なぜかこの事を意識した魔術師・錬金術師はほとんどおらず、意識した少数の者たちも魔石の核という発想に至らなかったため、今の今まで魔石の人工合成は不可能事とされてきたのである。
しかし、ユーリが注ぎ込んだのは無属性の魔力。魔石片の属性とも血液の属性とも反撥せず、何の支障も無く反応が進んだ。
しかもこれにはもう一つおまけがあって、無属性の魔力を与えられた結果出来上がったのは――核にした魔石片の属性に関わり無く――やはり無属性の魔石であった。実在すら疑われていた無属性の魔力、その魔力を秘めた無属性の魔石を、ユーリは大量に生成する事に成功したのである。
ただし……無属性の魔力がそこまで稀少な事を知らないユーリが、この事に気付く事は無かった。
――ユーリが気付いたのは別の事である。
「何か……簡単に成功したけど……こんなに簡単にできるんなら、何で魔石が高値で取引されてるのかな……?」
――実際には簡単どころではないのだが。
「こんなの、きっと誰かが先に気付いてる筈だよね。……大っぴらにしてないのかな? ……こっそりと魔石を作って儲けてるとか……でなければ……まさか! 軍事機密!?」
なまじ前世の知識があったばかりに、人工魔石の技術は軍事機密として秘匿されているという可能性に思い至る。
確かに、この技術が発見されていれば、そういう展開もあり得なくはなかったろう。ただし、現実には人工魔石の技術は発見されていない。
「ヤバい……この事がばれたら……最悪は国によって消されるよね……」
事実とは全く異なる想定に震え上がったユーリは、人工魔石の技術は決して他所へ漏らさない事を決意した。まぁ、自分のためには使うのであるが。