第四十二章 ユーリよ銃を取れ 2.開発方針
「幸運の足音」の弓使いダリアに訊いたところでは、この世界の弓は――魔獣素材を使っている事もあって――短弓ながら最大射程は五百メートル。有効射程は、曲射の場合で三百から三百五十メートル、直射で百五十から二百メートルぐらいだそうだ。
これより射程の短い銃器となると、携行性・秘匿性の高い拳銃か、速射性能と制圧力の高いサブマシンガンだろうか。近接戦闘を望まないユーリの視点で見れば、確かにメリットは小さいだろう。
ここでユーリは、ボール系の魔法における魔力の働きというものを考えてみた。
今まで知り得た限りでは、ボール系の魔法というのは、まず魔力を用いて各属性の魔力をボールの形で出現せしめ、それを対象物に向けて飛ばすという事で完成する。つまり、魔力はそれをボールの形に留めておくのにも使われる。弾体が実体を持たない光・闇・火・風の魔法だと、消費する魔力も大きいようだ。水魔法のウォーターボールも、その派生形であるアイスバレットも、弾体の維持にはこれらに次ぐ程度の魔力を消費するらしい。
「……て事は……この時点で、土と木以外の魔法は効率が悪いって事になるのか……」
威力の問題もあるので軽々には判断し難いが、射程の確保という事を考えるなら、なるべく魔力効率の良い魔法を選びたい。更に命中時の威力という事も考えるなら、選ぶべきはストーンバレットという事になる。
ちなみに、雷撃の魔法というのもあるらしいが、その魔法は上位属性だか複合属性だかで、少なくとも現時点のユーリには使えない。また、遠距離攻撃と言うより範囲攻撃に向いた属性らしく、狙撃には向いていないようだ。結論としてはやはり、ストーンバレット系統の魔法という事になる。
「そうなると……打撃力そのものは弾体が受け持つとして、それを効率的に飛ばす方法というのが問題になるわけか……」
先述したように、ボール系の魔法における魔力は、弾体を出現させる事にも使われる。ならば、予め弾体を作成しておいて、それを飛ばす方が魔力の効率は良くなる筈だ。
ただし――ここで問題が一つあった。
「う~ん……やっぱり、そこらの石を使うと効力が落ちるか……」
魔力の馴染みというのだろうか、同じように土魔法で作った弾体でないと、魔法の効果が良くないのである。また、鉄などの金属はそもそも魔力親和性が低いため、これも早々に没となった。
「そうなると……土魔法で作っておいた弾丸を魔力で飛ばす形式……弾丸の空気抵抗も考えると……これって、前世の銃弾そのものじゃないのかな?」
技術の収斂進化とでも言うのか、同じような目的で開発されたものは、同じような形態を取るらしい。それならもういっその事、前世のライフルを魔道具化する方針で開発した方が早いだろう。
「この場合、薬莢に当たるのが魔石って事になるのか?」
一つの魔石で多数の弾丸を飛ばす事も考えてみたが、そうすると必然的に巨大な魔石が必要になる。やはり前世地球の銃弾と同じように、一つの弾丸と一つの魔石をセットにして扱う方が良いだろう。
「そうすると……」
ユーリは改めて考える。普通の土魔法でなく、敢えて魔道具にするメリットは何か? 開発はその方針に沿って行なう必要があるだろう。
「まずは射程の延長だよね」
弓より射程が短いだけに、この世界の魔法は威力を上げる事に血道を上げているらしい。
しかしながら、己は弱者であるとの強迫観念を確乎と抱いているユーリにしてみれば、敵の攻撃の届かない位置に身を置くというのが大前提である。ならば必然的に、魔法よりも弓よりも遠くから攻撃するのがベターであるとの結論に達する。相手が人であっても魔獣であっても同じだ。とにかく遠くから攻撃できる事、これが何より重要である。
――斯くして、開発における最優先目標が決まった。
前世地球のライフルを参考にするなら、直進安定性の向上のために銃身の腔内に施条を刻むか……あるいは、魔法で同じ効果を与えるべきだろう。
「次は……速射性能とか連射性能かな」
弾丸を前世と同じような形式にするなら、連射性能の向上も同じ方法、つまり弾倉方式を採用する方が良いだろう。まずは比較的簡単な回転弾倉か、それとも最初から着脱可能な箱型弾倉にするか?
「それと勿論、威力の向上があるな」
ストーンバレットはあくまで石弾を敵にぶつける魔法だ。与えるダメージは着弾時の衝撃に依存する。しかし前世の銃弾には、炸裂弾だの徹甲弾だのホローポイント弾だのといった凶悪な工夫が凝らされていた。それらを再現してやれば、威力の向上は可能だろう。
「あとはメンテナンスの容易さとか……劣悪で苛酷な環境でも使えないと駄目だよな」
いくら性能が優秀でも、武人の蛮用に耐え得ない兵器など、実用的とは言えない。多少雨に濡れようが泥塗れになろうが問題無く作動し、分解整備も容易でなくては、実戦での使用に耐えられないだろう。
「一応、開発の方向だけは見えてきたかな……」