第四十一章 異世界情報整理学事始め 4.データの整理(その2)
うっかり三角形を【鑑定】したところ、三角形と三角関数の説明が表示され、そこにはあろう事か、三角関数の早見表まで載っていたのである。これに驚かずに何に驚けと言うのだ。
「な……何か……三角測量による地図作成が……現実味を帯びてきたな……」
驚異の発見にしばらく呆けていたユーリであるが、今はそれよりデータ化作業の続きである。外が雪に覆われている現在、どのみち測量など無理なのだ。測量と地図の作成は、暇を見て少しずつやればいい。
「だったら場所の記載は……最終的にはグリッド方式でやるとして……とりあえずは仮の表記でいいか」
修正の事も考えて、カードへの記録は鉛筆によっている。消しゴムはまだ作っていないが、【浄化】の魔法で簡単に消す事ができるのだ。この事はアドンにも伝えてある。インクよりも簡単に消す事ができるので、正式な記録などには向かないが、簡単に修正のできる筆記具としては便利である。
「地名の検索タグは……とりあえず『ユーリ村近郊』でいいか。エンド村やローレンセンとの差別化さえできればいいって事で」
データカードにはもう少し詳しい場所の説明が書いてあるが、一つ一つの検索語はざっくりとした区分に留めている。その分複数の検索語を設定する事で、検索を容易にする事ができる。この辺り、伊達にユーリも前世でインターネットを使ってはいない。年齢――と言うか、享年――こそ所謂ネット世代より少し上になるが、データベースの使い方は知悉している。
そうやって着々とデータを入力していたところで、人物についての記述に突き当たった。一種の個人情報になるので、データ化に少し躊躇したが、前世地球の人物名鑑、あるいは紳士録のようなものだと考えて入力していく。人物関係などはきちんと把握しておかないと、どこで粗相をするか判らない。転ばぬ先の杖というのは、前世から引き続くユーリの行動指針である。
サクサクと入力していたユーリであったが、ふと何か思い付いたようにその手を止める。しばしの沈思黙考の後、新たに作成したデータカードには、「ユーリ・サライ」の名があった。
「〝お祖父さん〟が色々とやってくれたからなぁ……きちんと記録しておかないと、ボロが出そうなんだよね……」
自分の境遇について、今まであれこれとでっち上げてきたので、ここらでその内容を整理しておかないと、どこかで破綻を来しそうな気がする。場合によっては、年表のようなものを別に作成した方が良いかもしれぬ。〝嘘を吐いた瞬間から良い記憶力が必要になる〟――というのは真理のようだ。
検索語の設定が面倒だな――などと呟きつつカードに切れ目を入れていくユーリ。その手にあるのは鋏ではなく、専用のパンチ器具であった。
実は鋏そのものは、割と早い時期に作っていた。無いと不便という理由で作ったのは、前世で使い慣れたX字型の鋏である。金属が手に入らなかった頃に自作したので、当然ながら魔製石器である。植物の繊維だの布だの紙だのを切る程度だったので、金属でなくともさして不都合は生じなかった。
ところがローレンセンで見かけた鋏はX字型のものだけでなく、U字型の所謂握り鋏も売っていた。前世日本で和鋏と呼ばれていたタイプの鋏である。古くからあったのはU字型の握り鋏であったらしいが、少し前からX字型の鋏も増えてきたのだという。
とりあえず両方のタイプを購入したほか、剪断力に期待して大きめの裁ち鋏も購入したが、そのいずれを用いても厚紙を切るのは面倒であった。切れないというわけではないが、迂闊に力むと余計な部分まで切れそうなのである。
こんな作業に一々神経を使ってられるかとキレたユーリが、(怪)の添え字付きの【鍛冶】と【錬金術】、おまけに【土魔法】まで使って――どれをどんな割合で使ったのかは、正直なところユーリにも定かでない――作り上げたのが、パンチ用の鋏のような道具であった。かつての国鉄――JRではない――が厚紙の切符を改札するのに使っていたような道具である。試してみるとその使い勝手の良さは歴然で、データカードの作成に大いに寄与しているのであった。