第四十一章 異世界情報整理学事始め 3.データの整理(その1)
あれやこれやの紆余曲折はあったが、どうにかデータカードの作製に漕ぎ着けたユーリ。次はいよいよデータの整理である。
ユーリとしては、師と仰ぐブンザのノートに遺された情報をデータ化したいところであるが……
「……多分、師匠のノートの情報は錬金術関係に偏ってるだろうし……これまでにメモした内容をデータ化するのから始めた方が良いかな……」
どこか判らない場所の情報より、今現在自分が住んでいる場所の情報から始めるのが筋だろうという気もして、ユーリは今まで書き貯めた情報から片付ける事にした。……いい加減無視できない量にまで溜まっている石版を何とかしたいという、切実な事情もあったのだが。
「う~ん……念のために日本語で書いておくか。他人に見られない方が良いだろう内容もあるし……使わないと漢字とか忘れちゃいそうな気もするしね」
この世界の人間に理解できない言語というのは、それだけで充分なアドバンテージである。その特技をむざむざ錆び付かせるなど、愚行以外の何物でもない。
「それから……【鑑定】や【田舎暮らし指南】に載っている内容まで、態々書き写す必要は無いよね」
図鑑に載っているような一般的な内容は、普通に図鑑――【鑑定】や【田舎暮らし指南】――を開けばいいのだ。データベースに記録するのは、もう少し具体的かつ個別的な事柄にしよう。どうせ使うのは多分自分だけだ。万人の利便など考える必要は無い。
「どこに何が生えている、とかは重要だよね。見かけただけで採集しなかったものとかは、つい忘れちゃいそうだし。……あ、そういえば、魔法を使おうとして失敗した時の事なんかも、データ化しておいた方が良いか……」
生産などにおける失敗例は重要なデータである。前世で言えば薬の副作用とかヒヤリハット事例が――深刻さは違うが――これに当たるだろう。半ば手探りの状況でこの世界を生きているユーリにとっては、失敗といえども貴重なデータである。
「……そう考えると……他の人から聞いた失敗談なんかも、同じようにデータ化しておいた方が良いか……これ、検索語の選定が結構面倒になりそうだな……」
当初予想していた以上に、検索語が広範囲に亘りそうな気配である。
「やっぱり、ブンザ師匠のメモを後回しにして正解だったかな……」
ブンザのメモだと、内容がここまで広範囲に及ばなかった可能性がある。最初にブンザのメモからデータ化していたら、ユーリのメモに移った時に戸惑う事になっただろう。
「……まぁいいや。余計な事を考えるのは後廻しにして、さっさとデータ化を進めよう」
過去の石版を文字どおり引っ張り出しては内容をデータ化するのは、結構な重労働であった。お蔭で中々作業が捗らない。それでも黙々と作業を進めていき……
「あ……リコラとヨッパの事が出てきたよ……生育地もデータ化しておいた方が良いよね。……けど……どうやってデータにしよう……」
生育地の場所自体は手描きの地図――元々村に遺されていた地図に追記と修正を施したもの――に記してあるから問題は無いが、それをデータカードにどう表記するか。カードにも地図を描いておくのが一番だろうが、それは少々どころでなく手間である。
「と言うか、この位置も結構大雑把だしね。最初の頃は歩測の歩幅も一定しなかったし、角度も目分量だったし……」
砂鉄を発見してから何とか手製のコンパスを作る事ができ、角度の方は正確になったが、依然として距離は歩測である。ローレンセンの町で定規のようなものを買ったので、そのうち間縄でも作った方が良いかもしれない。まぁ、この頃ではユーリの歩測も大分正確になってきているのだが。
「地図の精度はどうにもならないとして、地点の表示法かぁ……学生の頃使ってた地図帳だと、グリッド表示になってたよなぁ……」
村の大きさを基準にしてグリッドのサイズを決め、その周囲にグリッドを設定していけば……
「便利だろうけど……肝心の地図の方が、実用に足るほどの精度が無いしなぁ……」
各地点の座標が曖昧だと、修正した時にグリッド番号が変わる可能性がある。いや、そもそもグリッドを地図に描く段階で、正確に落とせるかどうかが疑わしい。
「三角測量で正確な地図を作れたら良いんだけど……測距儀とかも無いし、無理だよね」
距離だけなら間縄でも何とかなるだろうが、起伏まで表現しようとすると、本格的な三角測量が必要になる。ユーリ一人でやるような仕事ではない。村の周りに限れば、労力的には不可能ではないかもしれないが……
「三角関数の数値がなぁ……」
ついカードの裏に直角三角形を、できるだけ正確に描いてみる。この角度を持つ直角三角形なら、三辺の比は確か3:4:5だった筈……
「ピタゴラスの定理だっけ……サイン、コサインって泣かされたよなぁ……ってえぇぇぇっっっ!?」