第四十一章 異世界情報整理学事始め 2.厚紙とカード(その2)
ユーリはローレンセンの書店での一幕を思い出していた。
〝……ヘルマンさん、これって……〟
ユーリが手に取っているのは多穴パンチ――とでも言うのか、紙に綴じるための穴を開ける二穴パンチの親玉のようなものであった。
〝あぁ、それは羊皮紙を綴じる時に使う穴開けの道具でございますよ〟
〝羊皮紙――ですか?〟
確かに羊皮紙にも穴ぐらいは開けられそうであるが……
〝ユーリ様はご存じありませんでしたか? この国でも契約書などは、改竄しにくい紙製のものに置き換えが進んでおりますが、役所などの書類はまだ羊皮紙を使っているところが多うございますから。巻いて保管しておくと場所を取りますし、閲覧時にも不便なので綴じて保管するのですが、そのための綴じ穴を開けるための道具でございますよ〟
元々は革細工の道具らしいが、書類を綴じるための道具という事で、これも書店が取り扱っているのだという。
〝……お求めになられるので?〟
〝紙を綴じるのにも使えますよね? 僕の住んでいる場所だと、こういう道具は手に入りにくいと思いますし〟
紙程度であれば千枚通しで穴を開けた方が手っ取り早いのではないかと思ったが、ヘルマンもそういう事は口に出さない。何か考えがあるのだろう。目の前の少年を見た目で判断してはいけない事ぐらい、ここ数日で身に滲みている。いや、本当に。
〝……なるほど。綴じる枚数が多い場合には役立ちそうですな〟
〝それと、僕みたいに非力な子供だと、千枚通しを突き刺すのも一苦労ですから〟
ティランボットなる魔獣を石杭で貫くよりも簡単ではないかと思ったが、そこは大人のヘルマン、にっこりと笑って頷く事でやり過ごしたのであった。
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――という経緯で、ローレンセンで買い求めた多穴パンチ。これを使えば、カードの周囲に穴を開けるのは何とかなりそうであった。
「残る問題は、厚い分だけパルプの消費が増える事なんだけど……これは諦めるしかないか……いや、待てよ?」
ユーリの脳裏を過ぎったのは、パーティクルボードを作った時にも思い出したベニア板の事である。さすがに合板でカードを作ろうとは思わないが、生前家族旅行をした時に、薄く剥いだ木――確か経木とか言っていた――を和紙に貼った葉書を買ってもらった憶えがある。昔は寿司の折り詰めなども、この経木に包んでいたと聞いた憶えがある。
経木の事はさて措いて、ユーリが考えているのは鉋屑である。これを紙の間に挟んでみるのはどうだろうか。
素直に木材パルプからの紙の増産を考えないのは、木材のセルロース含有量がケンファより低く効率が悪い事と、木材に含まれているリグニンを除去しないと紙が変色する可能性が事による。それらの手間を考えると、木材パルプからの製紙には食指が動かないのだ。
「製紙段階で間に鉋屑を挟むだけなら、大した手間にはならないし、魔法で圧着できれば接着剤も要らないんじゃないかな」
その点を考えると、紙の層の間に鉋屑を挟むというのは、そう捨てた考えでもない気がする。ただし気になる事が一つ。
「芯に挟んだ鉋屑からリグニンが滲み出してこないかどうか、それが気になるんだよね」
この際だから実験してみるのもいいかもしれないと考えていたユーリであったが、ふと記憶に残る厚紙の事を思い返してみると……
「……いや……ボール紙って言ってたのって、そんなに上質の紙じゃなかったような気がするな……」
灰色とか黄色とかをしていて、紙質もそこまで良くなかったような気がする。何となく手漉き和紙を厚めに作るような事を考えていたが、これはひょっとして違うのではないか? 慌てて【鑑定】先生の説明を読んでみると……
「……あぁ、古紙とか稲藁を原料にした、低品質のパルプを重ねてるのか……」
古紙はともかくとして、稲藁ならぬ麦藁なら、それこそ牛に食わせるほどの量がある。メモ用にとローレンセンから下級紙を買ってきたが、それより藁半紙の作製を考えるべきだったか? 単純に【鑑定】先生の説明文に和紙の漉き方が載っていたので、それに従っただけなのだが……
「今なら藁からの製紙もできそうな気がする……って……アップグレードされて、藁からの製紙法も載ってるよ……」
ケンファだけでなく藁も製紙原料に加えれば、紙の生産量を少し上げる事ができる。厚紙にはそちらを廻せばいいだろう。それに厚紙ができるのなら、ファイルケースや紙袋なども視野に入れるのはどうだろうか。
「アドンさんに知られると面倒かもしれないけど、僕がこっそり使う分には問題無いよね」
……さて、どうだろうか。